病児・障がい児家族でも映画や旅行を諦めない──「体験できる場所」を届けるNPO法人AYAの挑戦

画像引用:認定NPO法人AYAプレスリリース

【HOPEFULなひと】
「HOPEFULなひと」では、「ホピアスの想い」をもとに、人類に希望を見出し、持続可能で愛ある世界を目指して活動している人たちを紹介します。
子どもに重い病気や障がいがある。その一点だけで、家族で映画やスポーツ観戦を楽しむことが「諦めるべきこと」になってしまう。そんな現状に「安心して体験できる場所を増やしたい」と挑戦をしているのが、現役の医師であり、認定NPO法人AYAの代表理事でもある中川悠樹(なかがわ・ゆうき)さんです。
今回は中川さんがこの活動に踏み出したきっかけ、そしてこれから届けたい未来についてお話を伺いました。

15分しか座れなくても意味がある!インクルーシブ映画上映会

画像引用:認定NPO法人AYAプレスリリース

通常の上映よりも少し明るく、手元が見えるくらいの照明で上映される映画会。上映が始まると子どもたちの笑い声や驚きの声が、あちこちから聞こえてきます。エンドロールではみんなで一緒に歌う姿も。──これはAYAが全国各地で開催している「インクルーシブ 映画上映会」での一場面です。

この上映会は、病児・障がい児とそのご家族を対象に、全国各地の映画施設の協力のもと開催されています。声を出してもOK、じっとしていられなくてもOK。会場には、ボランティアスタッフや医療従事者が同行し、体調の急変にも対応できる体制が整えられています。

通常の映画館にはなかなか行きづらい。周囲の目が気になる。途中で騒いでしまうかもしれない。体調が急変したら……。そんな不安を抱える家族が「AYAのイベントなら」と、足を運べる理由がここにあります。

インクルーシブ映画会の様子(画像引用:認定NPO法人AYA公式HP

映画会に参加した家族の様子はさまざまです。15分しか座れないはずの子が、2時間集中して映画を観られたと嬉しい感想を届ける家族がいる一方で、15分どころか10分しか座れなかったという家族もいます。
それでも中川さんは、どちらの結果にも意味があると話します。

「10分しか座れなかったと分かったら、映画はやめて別のことにチャレンジしようってなるじゃないですか。逆に30分座れたなら、次は少し短めの映画なら全部観れるかもしれないってわかりますよね。
映画はダメだったけど、ポップコーンを作る様子をずっとみてたから『ポップコーンを家で作ってみたい!』ということでもいい。どれも大事なことだと思うんです」

AYAインクルーシブ音楽フェスティバル in 横浜での様子(画像引用:認定NPO法人AYA公式HP

AYAが大事にしているのは、体験できる場所を作ることです。その場所に来るかどうかを選ぶのは、家族の選択に委ねられています。

「僕らが作るのは、あくまで『場所』です。来た人たちが『来てよかった』と思ってくれるならありがたいけど、他者が持つ感情は、僕らがすべてコントロールできることではないので」

そう語る中川さんが大事にしているのは、主催する中川さん自身が楽しいと思うことに、ほかの人を巻き込むこと。
それは中川さんのこれまでの人生がきっかけになっているのかもしれません。

「ゆうくん、医者になってよ」あやちゃんの死と、医師になった理由

今回は中川さんにオンラインによる取材に応じていただきました

中川さんが医師を志したきっかけには、幼なじみの存在があります。

大阪の団地で育った幼少期、家族ぐるみで仲の良かった幼なじみに「あやちゃん(あやこちゃん)」という女の子がいました。彼女の名前が「認定NPO法人AYA」の名称の由来です。あやちゃんは生後10ヶ月で「はしか」にかかり、それが原因で8歳のときに、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という病気を発症しました。
この病気はいまだに治療が確立されていないということです。

中川さんがこの事実を知ったのは高校生のころ。母親からこの話を聞かされた中川さんは、あやちゃんのお母さんからゆうくん、進学校に行ってるなら医者になってよ」と言われたことがきっかけで、医学部への進学を決めました。
「あの言葉がなかったら、医者にはなっていないですね」と中川さんは当時を振り返ります。

医師3年目でパプアニューギニアを旅行中の1枚。中央の男性が中川さん。
医師のキャリアは、その場の縁と直感で選んできたそうです(画像:本人提供)

その後、医学部に進学し、医師として外科、救急医と経験を、神奈川県の横浜の病院で積んだ中川さんは、コロナ禍のダイヤモンド・プリンセス号の対応にも携わりました。
それでも「この当時は、AYAという団体を立ち上げるなんて微塵も思っていなかった」と語ります。そんな中川さんがAYAを設立しようと思い至ったのは、2021年9月、女子バスケ日本代表のアジアカップ(ヨルダン開催)にチームドクターとして帯同したときのことです。

アジアカップ帯同のバスの車中で気づいた「本当にやりたいこと」

医師としてのキャリアを振り返って「計画的というよりも、その場の縁と直感で選んできた」と話す中川さん。
女子バスケのヨルダン帯同も、コロナ禍で海外渡航後に長期の隔離が必要だった時期。常勤の医師は誰も手を挙げられない状況の中、志願したのは当時救急医だった中川さんだけだったそうです。

そんな中川さんの様子を見ていた若いトレーナーさんが、帯同中のバスの中で質問したそうです。
「中川さんはずっとスポーツドクターをやっていきたいようには見えないんですが、実際には何をしたいという想いがあるんですか?」その問いに対してこんな言葉がぽろっと出てきたのでした。

病気や障がいのある子どもたちとその家族に、いろんなことをしたいんですよね

それは中川さんの奥底にずっと隠されてきた本音だったのかもしれません。言葉にしてみて、改めて、中川さん自身が気づかされたといいます。

意識の表面であやちゃんのことは「ゼロだった」と話す中川さん。
しかし、その根っこにはあやちゃんの存在があったのかもしれません。あやちゃんの母親の苦労を、自分の母から繰り返し聞いていたこと。あやちゃんの兄・吉川弘章(ひろあき)さんが、あやちゃんのことで手いっぱいだった両親の手を煩わせないために、一人で中学受験を頑張っていたこと。そうした記憶の蓄積が、あの瞬間につながりました。

帰国後、中川さんは弘章さんに「病気や障がいのある子どもたちと家族を支える団体を立ち上げたいんだけど」と伝えます。その提案に「いいね、やろうぜ」と弘章さんは即答。

こうして2022年1月1日、FacebookでAYAの活動開始を宣言しました。

「要望に応える」のではなく「場を作る」

認定NPO法人AYAでは、病気や障がいがある子どもたちとその家族に向けて、映画鑑賞やスポーツ観戦、小笠原諸島への旅行など、全都道府県でさまざまな体験イベントを200回以上開催、2022年の設立から2026年4月までの、のべ参加人数は2万5,000人以上にのぼります。

NBA観戦プログラム in San Franciscoの時の様子(画像引用:中川さんのfacebook)

その象徴的な例が、小笠原諸島への旅行です。AYAでは2024年から3年連続でこの旅行を実施しています。最初は本当に行けるかどうかもわからない中での企画でした。

「おそらく、病児や障がい児のいる家族にとって、自分たちで小笠原諸島に行こう!と企画される方は少ないと思います。
でも、そういった旅行があるよ、と場を作ってみたら来てくれる人がいたんです。日帰りのお出かけすら難しいと感じている家族が、船で24時間かけて離島に行く。そういう体験ができるかどうかって、すごく大きいことだと思っています」

障がいのある子や医療的ケアがある子どもとそのご家族を対象とした「小笠原プログラム」(画像引用:認定NPO法人AYAのプレスリリース

活動について中川さんにお話を伺ったところ、意外な答えが返ってきました。

「僕らは当事者の願いから、必ずしもイベント企画を考えているわけではありません。開催できたら面白そうだから、とAYAが企画して『一緒にどう?』って誘う感じです。みんなで行ったら楽しいはずだから、一緒に行こうよ!という思いです。小笠原諸島なんて、行けるかどうかわからないけど、とりあえず企画して『誰か来る?』みたいな感じでしたね」

病児や障がい児がいる家族にとって「どこかに出かけたい」と思うこと自体がハードルになってしまい、「うちの子には無理だ」と挑戦することさえ諦めてしまうことも少なくありません。そんな家族が最初の一歩を踏み出せる場所を、AYAが用意しています。

もう一つ、AYAの活動には大きな特徴があります。それは医療従事者が第三者として関わる点です。

みんなでeスポーツを楽しむ様子。子どもは頬の筋肉で動かすコントローラーを使用(画像引用:認定NPO法人AYA公式HP

「映画館やスポーツ施設側も、本音では子どもたちのために何かしたいと思っている人が多いんです。
でも病児や障がい児を受け入れるとなると、ケガをしてしまう、病気が悪化してしまうなど万が一のリスクを考え、踏み出せない。そのことを考えて家族側もつい遠慮してしまう。

そこに僕ら医師や看護師などの専門家が第三者的に入って一緒に活動することで、ケガや病気の悪化などのリスクを減らしたり、緊急時の対応も可能になったりします。結果としてどっちもハッピーになれるんです。それが今、僕たちにできていると思っていて。こういう取り組みが広がっていけば、もっと優しい社会になるんじゃないかな」

全都道府県の映画館で、同時に映画を上映したい──これからのAYAの挑戦

2026年2月に全国47都道府県すべてでの「インクルーシブ映画上映会」の開催を達成(画像引用:認定NPO法人AYAのプレスリリース

2023年6月にNPO法人化したAYAは「インクルーシブ映画上映会」という映画鑑賞イベントを中心に全国へ活動を広げています。映画配給会社との関係も構築され、「たぶん、日本でできない映画館はない」とのこと。これからも上映の機会が広がりそうです。

直近の目標は来年2027年に、全47都道府県でのインクルーシブ映画上映の同日一斉開催を実現させること。その先には映画にとどまらず「誰でもバスケ観戦ができる日」や「誰でも音楽鑑賞ができる日」と、四半期に1度のペースで展開していきたいという構想があります。

「世の中を変えてやろう、といった大きなことは思っていません。
でもさすがに『病気や障がいを理由に家族でお出かけできる場所がない』という環境は、少し変わってほしいなと思っています

「インクルーシブ映画上映会」終了後、子どもたちとハイタッチをする中川さん(画像引用:認定NPO法人AYAのプレスリリース

活動を続ける中で、イベント後に届く参加者アンケートが中川さんの原動力になっているとか。事後アンケートの自由記載欄いっぱいに書かれた、ご家族からの感想を見て涙ぐむこともあるそうです。

「事後アンケートの自由記載欄に、こんなに長く想いを書いてくれる親がいるのかって。最近涙もろくなってきて、読んでいると泣けてきますね」

活動をしているとうまくいくことばかりではありません。心ないことを言われたり事業がうまく進まなかったりすることもあるそうです。
でも僕らの苦労なんて、この家族たちに比べたら屁みたいなもの。ヘコむことがあっても、だいたい寝て朝起きたら『自分の悩みは、冷静に考えたら大したことないな』って思えるんで」

苦労話を求めると「あんまりないな」と笑う中川さん。その明るさが、AYAという団体の空気を作っているのだと感じました。

中川さんにとっての活動は、あくまでも「自分が楽しいから、やっている」
「学生時代からずっとそう。人を誘って巻き込むことがめちゃくちゃ好きだし、まったく苦じゃないんです。今でも細かい計画は、得意なメンバーに任せて、僕は新しい場所を切り拓く役割に集中しています

JAZZの生演奏を聴きながら、ペースト食が必要なお子さんにもご家族と同じコース料理を楽しみました(画像引用:認定NPO法人AYA公式HP

「旗振り役」である中川さんの役割は「ちょっと面白そうなところに連れて行ってくれる近所のお兄ちゃん」と言われたことがあるとか。その立ち位置は、AYA設立当初から変わっていないそうです。

インタビューの最後に、中川さんに「希望とは何ですか?」と尋ねてみたところ、長い沈黙のあと、2つの言葉が返ってきました。1つは「諦めなくてもいい人生」、もう一つは意外な言葉でした。

『前向きに捉えられる死』ですかね。人間っていつ死ぬかわからないし、僕は医師としていろんな人の死を見てきました。死ぬときに『よかったね』って、自身もその周りの人も思えたら、それでいいと思っているんです

幼なじみの病気をきっかけに医師になり、あやちゃんだけではなく多くの死に立ち会ってきた中川さんだからこそ、出てくる言葉なのかもしれません。
「よかったね」と思える人生のために、今日もどこかで病気や障がいがあっても楽しめる体験の場所が作られています。

中川 悠樹(なかがわ・ゆうき)
2009年3月、京都大学医学部卒業。消化器外科医・救急医として、ドクターヘリ添乗医、離島医療、スポーツチーム帯同医などを実践。2022年1月に任意団体AYAを立ち上げ、2023年6月に法人化、代表理事に就任。現在、細谷腎クリニック藤岡 院長、エフバイタル株式会社 事業企画部、産業医などとしても勤務。

認定NPO法人AYA
AYAは、病気や障がいを理由とした「体験格差」の解消を目指して活動している団体です。AYAが果たす役割(Mission)に「病気や障がいのある子どもたちとその家族へ、ワクワクする “ひととき” を届けます」を掲げ、スポーツ・芸術・文化との出会いや触れ合いを通して、対象の子どもたちとその家族に、さまざまな「体験」を届けています。

個人としてできるAYAへの支援https://aya-npo.org/support#link01

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