外国人をめぐる偏見を、地域のつながりに変える。CINGAが挑むスペイン発「反うわさ戦略」

2026年夏、FIFAワールドカップ2026で、スペイン代表が16年ぶりの優勝を果たしました。そのチームを牽引したのは、モロッコやアフリカにルーツを持つ、多様な背景の新世代の選手たち。「多様なルーツの融合」がスペインを世界の頂点へ導いた、と各紙が報じたことは、記憶に新しいかもしれません。
じつはこの多様さは、ピッチの上だけの話ではありません。スペインは、人口の1割以上を外国出身者が占める、欧州屈指の「移民大国」。多様な人々が暮らし、働き、社会を支えています。とはいえ、その道のりは順風満帆だったわけではありません。急激に移民が増えた社会では、根拠のないうわさや偏見が、静かな分断を生むこともあります。
今回ご紹介するのは、スペイン・バルセロナで生まれた「反うわさ戦略」を日本に根づかせようと動き出した、特定非営利活動法人 国際活動市民中心CINGA (Citizen’s Network for Global Activities、以下CINGA)を中心とする研究チームのみなさんです。
CINGAは、在住外国人をめぐる課題の解決と、多文化共生社会の実現を目指す専門家集団・中間支援組織です。弁護士、行政書士、医師、社会福祉士など、多様な専門家が連携し、行政との協働による外国人向け生活相談センターの運営、地域日本語教育、行政施策の仕組みづくりなどに取り組んでいます。
外国人住民をめぐる根拠のないうわさや偏見。それらは、いつのまにか地域に静かな分断を生んでいきます。でも、その摩擦を頭ごなしに否定するのではなく、ほぐし、地域のつながりへと反転させていく。その発想に基づく取り組みが、いま日本の各地で少しずつ行われています。
お話を伺ったのは、NPO法人CINGAのコーディネーターである堀 佳月(ほり・かづき)さん、都留文科大学准教授でスペイン地域研究が専門の上野貴彦(うえの・たかひこ)さん、そしてWHO、国立健康危機管理研究機構国際医療協力局、みんなの外国人ネットワーク(MINNA)などをとおして長くグローバルヘルスに携わってきた藤田雅美(ふじた・まさみ)さんの3名。
「反うわさ戦略」とは何か、そして、私たちは身近にある「うわさ」にどう向き合えばいいのでしょうか。多文化共生の現場で育まれてきた実践から、地域のつながりを取り戻すヒントを探ります。
スペインで生まれた「反うわさ戦略」とは

——まず、スペインで生まれた「反うわさ戦略」について。どんな社会背景から、この取り組みが始まったのでしょうか。
上野さん 日本人は「スペイン=外国人受け入れ」というイメージはないかもしれませんが、実は1985年までスペインは、国に入ってくる人よりも、国から出ていく人のほうが多い国でした。
それが、EU統合や統一通貨ユーロ導入を背景に、急激に外国人が増えていきました。統計で見ると、いまは5000万人いない国で、600万人以上が外国人です。2000年ごろには人口の2〜3%だった外国人比率が、2008年ごろには10%を超える。バルセロナのような大都市だと、過去には3〜4%だった外国人が、いまでは15%を超える地域も出てきます。
これだけの急激な外国人住民の増加は、一部の住民において、生活上の摩擦を生み出しました。そこに2008年の経済危機が重なって、外国人への風当たりが一気に強まりました。そのためスペイン各地で「共生」が大きな課題となったのです。
そこで、外国人などに対する根拠のない「うわさ」や偏見・誤解が、差別や排外主義へと発展するのを食い止めるための、市民参加型の取り組みがスタートします。それが「反うわさ戦略」です。
——その中で、なぜ「うわさ」に着目したのでしょうか。

上野さん 危機感を持ったバルセロナ市が、2010年に共生に関する計画を定める際に、大規模な調査を行いました。そこで住民にとって最大のテーマになったのが、根拠のないものも含めた「うわさ」や「偏見」でした。
たとえば「外国人が助成金を独占している」といった、「フェイク以上、ヘイト未満」のうわさ。こうした「うわさ」は、完全な誤情報ではない場合もありますが、実際には多様な人々を「〇〇人」として一括りにしてしまいます。
昔から住むスペイン国籍の人からすれば「よくわからないけど、〇〇人がいると不安だ」という気持ちを生みます。根拠のない偏見が、うわさされた側の地域行事への参加や行政サービスの利用を妨げる場合もあります。
もし「うわさ」がフェイクだったとしても、行政が上の立場から「外国人はちゃんとルールを守っていますよ」と説明したところで、実際にその地域に住んでいる人の不安はぬぐえません。外国人支援者が「外国人への偏見をやめましょう」と訴えても、逆効果になることがあります。
現状を否定して言い合っても、誰も豊かにならない。だからもう少し住民の身近な場で議論できるような環境を作っていこうという流れになりました。
たとえば、高齢者の多い編み物サークルのような、すでに地域の中に根付いている取り組みの中に、うわさについて考え直す機会を設けていこう、という「まちづくりとしての外国人政策」へと向かっていったんです。
——単に「差別はやめよう」と訴えるのとは、ずいぶん発想が違いますね。
上野さん そこがこの戦略の賢いところだと思います。この取り組み単体ではヘイトは根絶できないかもしれない。
けれど「そのうわさ、うのみにせずにちょっと止めてみませんか」なら、みんな関心を持ってくれて、多くの人が話し合えるテーマになるんです。
しかもスペインの場合、これを担う専門家として、異文化のあいだをつなぐ「メディエーター(仲介者)」を、大学の修士課程で養成できるようにして、20年以上をかけて立派な職業として認知されるよう努めてきました。
こうしたプロのメディエーターを中心に、5年ごとに中長期計画を立て、戦略を練るグループ、教育プログラムをつくるグループ、お祭りで配るグッズをつくるグループ……と役割を分けて、担当者や市長が変わっても続けられる仕組みにしています。
日本における多文化共生施策は、自治体の体力や担当者個人の能力に多くを依存しているため、担当者が変わると継続が難しくなるといった課題があります。そのため、スペインの長期的な「人への投資」の土台があることは、非常に重要なポイントになると思っています。
日本に導入したきっかけは「マジョリティ側への働きかけ」という気づき

——CINGAが、この戦略を知り、日本に導入しようと思ったきっかけは何ですか?
堀さん CINGAとしてのプロジェクトは、2024年6月末から7月にヨーロッパ視察を行ったのがきっかけです。
CINGAは「いろんな人が違いを認め合って生きていけるように」多文化共生社会を根付かせることを目指して活動しています。事業内容としては大きく2つの柱があり、ひとつは外国人に関する相談領域。もうひとつは地域日本語教育を通じて、外国の方が日本語を話せるようになり、社会にアクセスできる道筋をつくる領域です。
そして、2024年はCINGAの創立20周年。この節目にあらためて「新しい社会に求められていることは何か」我々の活動指針を改めて考える機会がありました。その問いに対する答えを探るため、ヨーロッパ5ヵ国の移民政策や多文化共生の実践を視察に行きました。
そこで、ヨーロッパで多文化共生の事業を行っている人たちの話を聞いて「マジョリティ側へのの働きかけが大事だ」ということに気づきました。
上野さんが行っている「反うわさ戦略」の講演を聞いて学び、勉強会を何度も開きながら、自分たちのなかでどう進めればいいのかを考えていきました。
——「マジョリティ側への働きかけ」とは、どのような考え方ですか?

藤田さん 私たちは議論するなかで、目標をどう設定するかを大事にしてきました。その結果、「外国人差別をなくす」ではなく、「反うわさ戦略を通じて、地域のさまざまな摩擦を、地域のつながりづくりに反転させる」という目標に行きつきました。
そう考えると、このアプローチは外国人以外の課題にも役立つのではないか、ということが見えてきます。
マイクロアグレッション(何気ない差別・無意識の偏見)や、ジェンダーの問題など、色々なことに応用する動きが出てきています。それも希望のひとつだと感じています。
——ヨーロッパの実践から、日本が学ぶべき点はどこだと思いますか。
上野さん ヨーロッパでは長く議論されてきたテーマがあります。それが「同化主義(みんなが多数派に合わせる)がいいのか、多文化主義(みんな違ってみんないい)がいいのか」です。
政策の成果を見ていくと、理念以上に、「移民自身の努力が実を結びやすいかどうか」が一番大事だということがわかってきているんです。
同化主義の一つの理想は、「古くからの住民と同じように言葉を話し、教育を受ければ平等なチャンスが開かれる」ことです。しかし、例えば移民系の名前だと履歴書を送っても落とされる、という状況が2世代3世代と続けば、不満は爆発します。
一方の多文化主義も、グループごとに線を引くと、その社会の少数者——たとえば移民コミュニティの中の女性や若い世代を置き去りにしてしまう可能性があるんです。
地域の中で起こっている偏見や差別を一時的になくすことよりも、就職差別をなくし、国籍にかかわらず安心して暮らせる法制度を整えることのほうが、多様な地域住民の収入をめぐる状況が改善し、教育や仕事における人生の選択肢が広がりやすいようです。
日本での「反うわさ戦略」の取り組み

——すでに日本で「反うわさ戦略」のワークショップを実施しているそうですね。
堀さん 静岡県の袋井市では「世界!びっくり!ほっこり!エピソード展」を実施しました。外国人と地域住民の方々との日常生活にあふれるリアルなエピソードのなかで驚いたこと、ほっこりしたことを募集して、ショッピングモールや図書館などで展示しました。

袋井市がワークショップを実施した理由は、外国人を労働力として受け入れてきた地方工業都市ならではの「うわさ」が多かったからです。具体的には家を買った外国人から自治会加入について理解を得られるかについて心配する声や「外国人が増えてきて不安だ」という声がありました。
そうした声が、やがて「うわさ」となって地域に蓄積していく。 だからこそ、袋井市のような地域では、日常のなかで顔の見える関係を結び直していくことが大切だと思ったんです。
——ワークショップの反応はいかがでしたか?
堀さん 実施前は袋井市としては「200エピソードくらい集めたい」と思っていたそうですが、なんと700エピソードも集まったんです!700エピソードのうち、約8割は地域で暮らす外国人住民の方から、約2割は日本人の方からです。
「行けたら行きます、は行かない」みたいな『あるある』に、「分かる!」と共感が生まれる。多様な人が働いているからこそ、私たちの日常が成り立っている、と実感するような取り組みになりました。

展示中にアンケートを取ったところ、ネガティブな反応はなく、みなさんとても楽しまれたという結果でした。「日本にいたら当たり前で気づきもしない視点にびっくり」や「外国人という見方ではなく、同じ人として一緒に暮らしていきたいです」といった、マジョリティ側からのリアルな声が届いたそうです。
——うわさや偏見を扱う展示なのに、対立ではなく共感が生まれたんですね。

堀さん はい、まさに「共感」を生んだ企画だったと思います。
今回のワークショップを実施するにあたり、私が特に印象的だったのは、企画を担当した自治体職員の方々の気づきや変化でした。
エピソードをまとめたパネルを掲示するとき、「これを出したら(クレームで)炎上してしまうんじゃないか」「外国人を、どういうイラストで表現したらいいんだろう」と悩まれていました。
そこで、専門家に入ってもらいながら「どういう言葉づかいがいいか」「どんな表現なら、お互いに見ていて安心できるか」という議論を2回行いました。
そのプロセスのなかで、担当課の方々が外国人住民を同じ地域に暮らす「わたしたち」として捉え、発信していくことの重要性を認識し、パネル展のメッセージにされており、 この企画における様々な議論やプロセスそのものが、すごく大切だったと思っています。
——今後はどのように「反うわさ戦略」のワークショップを広めていきたいですか?
堀さん 「反うわさ戦略」のワークショップは、今回ご紹介した袋井市以外に、20回ほど開催しています。
具体的には、「市民社会をつくるボランタリーフォーラム TOKYO」での対話実践ワークや、山梨県では、高校生市民向けの夏季ワークショップ「変えるのは『空気』かもしれないー反うわさ×対話実践ー」(山梨県国際交流協会主催)などを行ってきました。CINGAが主催する企画もあれば、袋井市のように地方自治体や支援団体が主催する企画もあります。
「反うわさ戦略」の取り組みは、地域ごとに戦略を作る必要があります。地域性や歴史的背景、外国人の増加率などが異なるため、アプローチ方法も変えていくべきなのです。
その地域の成り立ちや歴史をどこまで理解して、何を語りかけるか。各自治体の担当者の方々や支援団体と協力して取り組んでいきたいと思っています。
つい「うわさ」と戦ってしまう。そんな私たちができること

——うわさや偏見を耳にすると、つい正しい情報で言い返したくなります。自分がなんとかしなければ、と思ってしまうのですが。
上野さん まず大切なのは、ファクトや統計だけを突きつけて、相手だけに変化を期待したりしないことです。
「うわさ」を口にする人の背景には、不安や心配、怒りといった感情があるかもしれません。
正しさで論破しようとすると、かえって相手は態度を硬化させてしまうこともあります。大切なのは、「どうしてそう思ったのですか?」と問いかけ、その背景に耳を傾けること。議論で打ち負かすのではなく、対話をする姿勢が求められます。
もうひとつ大切なのは、立ち止まって俯瞰することです。うわさや偏見の問題は、一人で抱え込めるものではありません。時間も人手も限られている中で、すべてを自分で解決しようとする必要はないのです。
「この内容は脅迫や犯罪に当たる可能性があるため、警察などの専門機関に相談すべきだ」と判断できるだけで、プロに任せることができます。
たとえば、ある自治体で「反うわさ戦略」のワークショップをしたら、色々な苦情の電話がかかってきたとします。行政職員として答えるべきこともあれば、警察につなぐべきこともあると判断する。あるいは、海外で起きた事件のニュースで見聞きして、強い不安を抱えて、泣きながら電話をかけてくる方がいたら、その人には心のケアが必要かもしれません。しかし、それは多文化共生担当だけで担う役割ではないですよね。
しっかり役割を分けて、手分けをして課題に取り組むことが必要です。専門家として自分の役割を果たす。それ以上でも、それ以下でもないと割り切ることも大切です。
「反うわさ戦略」に託す、それぞれの希望

——最後に、一言メッセージをお願いします
堀さん 私、もともと中学校の教員でした。同僚の先生は、社会の変化、排斥的な動き、差別や偏見について課題を感じていましたが、何をすべきか悩んでいました。そこで、まずは自分のクラスでできることとして、道徳の授業をひとつ作ったそうなんです。
外国人差別のような話は、話題として取り上げたくても「周りからどう思われるだろう……」と扱いづらいです。しかし「この問題に、勇気をもって実践している人たちがいると知るだけで、心強い」と言われたのが、すごく印象に残っています。
社会を大きく変えることは簡単ではありません。でも、「自分にもできることがあるかもしれない」と思える人が一人増えるだけでも、社会は少しずつ変わっていくのだと思います。
この記事を読んで、「自分もやってみよう」と思ってくれる方がひとりでも増えたら、こんなにうれしいことはありません。
藤田さん このアプローチを、地域だけでなく、職場、学校、医療機関など、さまざまな場に適用する経験を蓄積しつつあります。さらに、「差別をなくそう」ではなく「地域の摩擦を、つながりづくりに反転させよう」と目標を設定し直したことで、外国人をめぐる課題だけでなく、様々な分野に応用できる可能性も見えてきたように思います。
上野さん 「反うわさ戦略」は、単発の対策で終わらせるのではなく、長期的な「人への投資」として進める必要があると感じています。
日本にも多文化共生を支える制度や仕組みはありますが 、コーディネーターの資格化や、翻訳機の活用なども、賢く行わなければ、画一的なツールを現場へ下ろすだけになり、現場はただ消費して疲弊してしまう、という、対人ケアの負担の丸投げのような状態は良くなりません。
また、たとえば「外国人対応には通訳を入れましょう」という方法しか持たず、それが効果を発揮しなかったら終わり、というようなやり方では次につながりません。
本当に必要なのは、地域ごとの課題に応じてさまざまな手立てを考え、必要なときに適切に使い分けられる人を、それぞれの地域で育てていくという発想への転換です。
トヨタ財団からの助成を受けている2年間のプロジェクトが、地域社会の強みとなる「人への投資(メディエーターの育成など)」の第一歩にしたいと思っています。メディエーターをはじめ、地域で対話を生み出せる人材が育ち、その輪が広がっていくことを願っています。
この記事に興味をもってくださった方へ
2026年8月27日、【「反うわさ戦略」キックオフ作戦会議!ーコンセプトからアクションへー 】が開催されます。
「反うわさ戦略」を全国に広げていくためのキックオフイベントです。偏見やうわさによって生まれる分断に向き合い、国内外の実践から学びながら、多文化共生を地域に根づかせるための視点やアプローチを考えます。
対象:自治体、社会教育、国際交流協会等の職員、専門職領域(保健医療、法律、街づくり)等で「反うわさ戦略」を計画・実装・評価をし、「反うわさ団員」の育成・ネットワークづくり等の実践ができる方
参加をご希望の方は、以下の開催概要をご確認ください。
https://www.cinga.or.jp/9493/
NPO法人国際活動市民中心(CINGA)
2004年の設立以来、外国人相談や日本語教育を通じて、多様な人々が違いを認め合って生きられる社会づくりに取り組んできた団体です。近年は、スペイン・バルセロナ発祥の「反うわさ戦略」の国内展開に挑戦。研究者や弁護士、保健医療の専門家など、多様な専門職とともにプロジェクトを進めています。
公式ウェブサイト:https://www.cinga.or.jp/
CINGA「反うわさ戦略」プロジェクト紹介ページ:https://www.cinga.or.jp/now/9167/



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