世界の食糧危機を解決するムーンショットの取り組み

現在7億人が食糧不安に陥っています。さらに、2050年までに世界人口は15億人増加すると予測されており、気候変動の影響も加わることで、食糧危機が一層深刻化する可能性があり、農業研究とイノベーションが緊急に求められています。
アフリカでは人口増加率が最も高い一方、大陸のほぼ全域で主食のトウモロコシの収穫量が減少すると予想されています。
2025年1月、世界食糧賞財団が、世界的な飢餓の大惨事を回避するために、食糧生産を増やす取り組みを呼びかける公開文書を発表。ノーベル賞受賞者や世界食糧賞の受賞者150名が署名しました。
昨年の世界食糧賞の共同受賞者である英国の農業科学者ジェフリー・ホーティン氏は、今後20年間で食糧生産を50~70%増加させる必要がある時期に、世界中で米と小麦の生産がすでに停滞し、さらには減少していると指摘しました。
またホーティン氏と共同受賞したケアリー・ファウラー氏は、「我々は、現在の軌道を逆転させるために最善の科学的努力を傾ける必要がある。さもないと、今日の危機は明日の大惨事となるだろう。」と警告しています。
食糧と栄養の安全保障のために、食糧生産の大幅な飛躍につながる地球に優しい「ムーンショット」の取り組みを求めるこの書簡は、気候変動、市場の圧力、紛争などを課題に挙げています。
世界食糧賞 ー「世界種子貯蔵庫」設立の偉業ー
世界食糧賞財団は1970 年にノーベル平和賞を受賞した、ボーローグ博士が、1986年に設立しました。
毎年25万ドルの賞金とともに授与されるこの世界食糧賞は、「食糧と農業のノーベル賞」として広く認知されています。
ボーローグ博士は、飢餓と貧困に立ち向かうことで、政治的、宗教的、倫理的、外交的な隔たりを超えて人々を団結させることができるという哲学をこの財団に浸透させました。
スヴァルバル世界種子貯蔵庫、現代版「ノアの箱舟」を設立した2人が受賞

2024年の世界食糧賞は、ジェフリー・ホーティン博士とケアリー・ファウラー博士に贈られました。彼らは、世界の作物の生物多様性を保全し、気候変動や自然災害などの脅威から食糧供給を守るために尽力してきました。
キャリー・ファウラー博士は、過去数十年にわたり、作物種とその近縁種の保全促進に関する世界的な取り組みを主導してきました。
両博士は世界作物多様性トラスト(Global Crop Diversity Trust :Crop Trust)とスヴァルバル世界種子貯蔵庫(Svalbard Global Seed Vault)の設立に尽力してきました。
特に、ノルウェーにあるスヴァルバル世界種子貯蔵庫は、「現代版ノアの箱舟」とも称され、100万以上の作物品種を保存しています。
施設は、今後さまざまに予想される大規模で深刻な気候変動や自然災害、(植物の)病気の蔓延、核戦争等に備えて農作物種の絶滅を防ぐとともに、世界各地での地域的絶滅があった際には栽培再開の機会を提供することなどを目的としています。
2008年に設立し、17 年間の運営を経て、現在では、世界のほぼすべての国から集められた 6,000 種を超える 125 万種の農作物、その野生近縁種、その他の文化的に重要な植物を保護しています。100 を超える機関、民間団体、先住民コミュニティが、この保管庫に植物を寄贈しています。
人類を月に送り込むことができた我々であれば、地球上で十分な食糧を供給することができる
食糧の生産性を低下させる要因としては、土壌浸食、土地劣化、生物多様性の喪失、水不足、紛争、農業革新を阻む政府の政策などがあります。
公開書簡では、食糧危機を解決するための「ムーンショット(※)」として、以下の技術革新を挙げています。
- 小麦と米の光合成の改善
- 生物学的に窒素を供給し、肥料なしで育つ穀物の開発
- 極端な気象条件に耐える在来作物の研究の促進
- 果物や野菜の保存期間の改善による食品廃棄物の削減
- 微生物や菌類からの食品の創出
ノーベル賞受賞者や世界食糧賞の受賞者150名が署名した公開書簡について、世界食糧賞財団の次期会長マシャル・フセイン氏は次のように述べました。
これは世界の飢餓にとって『不都合な真実』の瞬間です。この書簡の警鐘をきっかけに、世界の優れた人々が団結すれば、希望と行動が生まれるはずです。人類を月に送り込むことができた我々であれば、地球上で十分な食糧を供給するために必要な資金、資源、協力を確実に集めることができるでしょう。
(※)ムーンショットとは:月に向かってロケットを打ち上げる計画という意味です。 月面着陸を目指す、第35代アメリカ大統領のJ.F. ケネディ氏のアポロ計画のように、壮大で非常に困難が伴うが前人未到で可能性に満ちた計画のことをいつしか「ムーンショット計画」と呼ぶようになりました。
鳥取大学とスーダンの農業研究

鳥取大学の乾燥地研究センターとスーダンの国立研究機関は、約30年間にわたり協力を続けてきました。JICA(国際協力機構)の支援を受け、アフリカの厳しい気候に適応できる乾燥・高温耐性を持つ高品質な小麦品種の開発と、それを担う人材の育成を行い、アフリカの食糧問題解決に貢献しています。
このプロジェクトの成果として、現在スーダンで収穫される小麦の3分の1以上が、鳥取大学とスーダンの研究者によって開発された品種となっています。しかし、スーダンでの武力紛争により、研究拠点が占拠され、貴重な遺伝資源が失われるという危機に直面しています。
プロジェクトは2025年3月に終了予定です。そのため、3年前から日本で研究を続けてきたリーダーのイザットさんは大学との契約を終え、日本に滞在することができなくなります。戦闘が続く母国スーダンに帰国するのか、他国へ避難するのか、厳しい決断を迫られています。
そんな状況下でも、イザットさんは「どこにいても国の再建に貢献するためにできることを続ける」と力強く語ります。
また、博士課程に所属し、1日13〜14時間もの研究に打ち込むアミールさんも「世界で食糧不足が進行する中、高品質な小麦を開発することが使命だ」と話します。「私の目標は、日本で学んだ知識を母国に持ち帰ること。国が安定すれば、必ず帰国して貢献したい」と決意を述べています。
このプロジェクトを鳥取大学でリードしてきた辻本教授は、「非常に厳しい状況の中でも、強い信頼関係を築きながら、できる限りのことをやってきた。課題は山積しているが、今後も協力を続けていかなければならない」と強調します。
さらに、イザットさんは次のように語ります。
「人々にとって食糧は不可欠で、私はスーダンの人たちにその食糧を提供している。私たち人間は食べるのを止めることはできない、だから、私は研究を止めるわけには行かない」
スヴァルバル世界種子貯蔵庫の取り組みや、鳥取大学とスーダンの共同研究は、困難な状況下でも未来の食糧安全保障を確保しようとする人々の強い意志とさまざまな国を超えた協力こそがムーンショットの鍵であることを教えてくれます。
人類は月に到達することができました。
ならば、人類の食糧危機を解決することは、決して不可能ではありません。
今こそ、協力をして、世界の食糧危機を解決するムーンショットの取り組みに向けた新たな挑戦を始めるときです。