気候危機と食の未来に、希望の一粒を──干ばつの大地で生まれた“未来の米”とは?

日本ではいま、米不足が深刻さを増しています。2024年、全国的な高温や長雨の影響でコメの収穫量が落ち、価格は前年同月比で約1.9倍に。4000円台の価格でスーパーに並ぶ米に、私たちはためらいの目を向けるようになりました。

かつて遠い国の問題だと思っていた「食糧危機」は、令和の“米騒動”を通して、いまや私たちの足元の現実になりつつあります。お米があることは、当たり前ではなかった──そんな気づきを与えてくれたのかもしれません。

国連の最新報告によれば、2023年には世界人口のうちおよそ7億5,700万人──11人に1人が飢餓に直面したといいます。アフリカでは5人に1人の割合にまで達し、気候変動と食糧供給の危機が深く絡み合っている現実が浮かび上がっています。

そんな中、南米のある国で始まった“奇跡”のような取り組みが、世界の注目を集めています。気候変動に強く、水をほとんど使わず、それでいてしっかりと育つ──そんな“未来の米”の開発が、日本の裏側のチリで力強く進められています。

干ばつの国で育つ、新しい米

チリ農業研究所(INIA)のイネ育種プログラムの研究者らは、水をあまり必要としない新しい品種「ジャスペ」を開発した。 © RAUL BRAVO / AFP

舞台は南米チリ。首都サンティアゴから400キロ離れたニュブレ地方のニケンにある乾燥した畑で、驚くべき光景が広がっています。一見、稲作には向かないこの土地で、青々とした稲が力強く育っているのです。

この稲は「ジャスペ米」と呼ばれ、チリ国立農業研究所(INIA)と米州農業協力研究所(IICA)の研究チームが、アジアのイネ科植物の遺伝子をもとに開発した新品種です。気候変動への耐性を高め、水資源や温室効果ガスの排出を抑えるために、20年近くにわたる研究の成果が注がれました。

ハビエル・ムニョスさん(25歳)は、この“ジャスペ米”の栽培に取り組む若き農家です。彼は言います。

「これが未来です。食料安全保障と環境への配慮を望むなら、これが道なのです。」

実際、ジャスペ米は“未来”を感じさせる性能を備えています。使用する水は従来の半分、にもかかわらず収穫量は従来の10倍近くに。種子1つから約30株の稲が収穫できるまでになったといいます。

この成果を可能にしたのが、「SRI(稲作集約栽培)」という1980年代にマダガスカルで開発された手法です。苗の間隔を広げ、栄養豊かな土壌で断続的に水を与えることで、根の成長を促進し、稲の生命力を引き出します。

ジャスペ米は、チリの種子と、寒冷乾燥地域での生育に強いロシア由来の品種を掛け合わせて開発されました。研究を主導した農業技術者カーラ・コルデロ氏は、2023年にフィリピン・マニラで開催された国際稲研究会議でその成果を発表。チリ農業省もすでに商業展開を認可しています。

ハビエル・ムニョスさんと父ラモンさんは、来年には生産面積を1ヘクタールから5ヘクタールに拡大したいと考えている。 © RAUL BRAVO / AFP

チリ国立農業研究所(INIA):チリ共和国の農業技術の研究開発と普及に携わる、政府が運営する機関です。INIAは、農業分野におけるイノベーションを推進し、農家の所得向上と食糧安全保障の強化に貢献しています。

米州農業協力研究所(IICA):米州における農業開発を促進するための国際機関です。具体的には、加盟国間の技術協力、農業政策の研究、農業技術の普及などを通して、農業の発展を支援し、特に開発途上国における農業の持続可能性を高めることを目指しています。

環境にも、未来にもやさしい

ジャスペ米を「SRI(稲作集約栽培)」で栽培することの、もう一つの特徴は、環境負荷の大幅な低減です。

稲作は、微生物の働きによって発生するメタンガスの排出源でもあります。国連食糧農業機関(FAO)によると、水田から排出されるメタンは、人為的メタン排出全体の約10%を占めるとされます。

しかし、SRI(稲作集約栽培)を用いた断続的な灌漑法は、水を張らないため、微生物の活動を抑え、メタンの発生量を大幅に減らすことができます。まさに、環境に配慮しながら高い生産性を実現する“次世代農法”なのです。

国連食糧農業機関(FAO)(※1)の稲作専門家である田口真紀子氏も、チリの事例を高く評価しこう述べています。

「これは環境への影響を減らしながら稲の生産性を向上させる、有望なアプローチです。日本でも同様の研究が進められており、耐性品種の獲得は気候変動への適応手段のひとつです」

(※1)国連食糧農業機関(FAO)とは:飢餓撲滅に向けた国際的な取り組みを主導する国連の専門機関です。すべての人々の食料安全保障を実現し、人々が活動的で健康的な生活を送るために必要な量の高品質な食料を定期的に入手できるようにすることを目標に掲げている。194か国と欧州連合を含む195の加盟国を擁するFAOは、世界130か国以上で活動。

未来へ広がる挑戦

チリのヌブレ県サン・カルロス地区の水田。© SOFIA YANJARI/ EL PAIS

この取り組みは、チリ国内だけにとどまりません。米州農業協力研究所(IICA)のフェルナンド・バレラ氏は、実験農場において、従来型の水田とジャスペ米を育てる低排出生産モデルの排出量を比較する研究が進行中であり、この技術の有効性が示されれば、ブラジル、エクアドル、ウルグアイ、パナマ、アルゼンチンといった他の南米諸国にも展開していく予定だと語ります。

ハビエル・ムニョスさんと父のラモンさんは、現在の1ヘクタールの栽培面積を、来年には5ヘクタールへと拡大することを目指しています。

ムニョスさんは「未来に向けた歴史的な一歩だ」と、AFP通信への取材で語っています。

一粒の米が、世界を変える

地球温暖化による水不足が深刻化する中、生まれたジャスペ米は、世界の稲作の可能性を大きく広げようとしています。
乾いた大地に力強く育つ稲の姿は、私たちに「未来はつくることができる」というメッセージを伝えてくれます。

お米は、ただの主食ではありません。水、空気、土地、そして命をつなぐ希望の象徴でもあります。

今日の一粒が、明日の希望になる──その確かな実りに触れながら、私たちは日本の課題を近視眼的に捉えるのではなく、未来に立ち、世界の食糧をどう支えていくのかを問い続けたいと思います。
そしてその鍵は、国を超えた連帯にある。私たちはそのつながりの中に、難題を超える希望の芽を見出しています。

参考:EL PAIS: 2025 年1 月26 日
AFP通信:2025年4月29日

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