アフリカの空を飛ぶ、命を守るドローン──感染症と戦うSORA Technology(ソラテクノロジー)の挑戦

【HOPEFULなひと】
本企画は、人類の未来に希望を見出し、持続可能で愛ある社会を目指す方々を紹介するシリーズです。

今回登場するのは、アフリカの空を飛びながら感染症と闘うSORA Technology株式会社の取締役、梅田昌季(うめだ・まさき)さん。AIとドローンを活用し、マラリアを媒介する蚊の発生源を特定・対策するなど、現地の人々の命を守る取り組みを続けています。
2025年8月20日〜22日に横浜で開催される「TICAD9(第9回アフリカ開発会議(※1)」において、SORA Technologyは外務省より「TICAD9共創企業」に認定され、現地での取り組みをブース展示や講演を通じて発信予定。

アフリカ諸国の政府関係者や国際機関、企業との連携をさらに深め、ドローン×AIによる命を守る技術をより広く届けようとしています。日本とアフリカの静かな信頼関係の上に築かれたこの挑戦を通して、HOPEFULな世界を紹介します。

(※1)TICAD(Tokyo International Conference on African Development/アフリカ開発会議)

日本政府が1993年から主導するアフリカ支援の国際会議のことです。国連や世界銀行などと共催し、アフリカの経済成長や人間の安全保障をテーマに開催されています。TICAD 9は2025年8月に横浜で開催され、日本とアフリカ諸国の持続可能なパートナーシップ構築が期待されています。

—— SORA TechnologyはマラリアをAIとドローンで解決しようという事業展開をされています。そもそもグローバルヘルス(※2)という領域に、なぜ向き合おうと思ったのでしょうか?

(※2)グローバルヘルス

地球規模で起こる健康問題を、国境を越えて解決しようとする取り組みのことです。感染症のパンデミック、健康格差、環境問題など、様々な課題に対し、医学、公衆衛生、経済学、政治学など、複数の分野が連携して解決を目指します。


感染症という目に見えない存在が、一瞬で国境を越え、社会を止める。そんな現実に直面したのが、SORA Technologyとの出会いの原点でした。私はもともとエンジニアリングの出身で、感染症や国際保健の分野に深い関心を持っていたわけではありません。しかし、事業に関わるなかで、グローバルヘルスがいかに重要かを体感するようになりました。

コロナ禍で意識が一変したのです。感染症は地球全体のリスクであり、アフリカや東南アジア、南米で起きている問題が、明日の日本を揺るがす可能性すらある。特に、気候変動の影響が新たな感染拡大の火種になっていることを知り、大きな危機感を抱きました。

感染症対策には、早期かつ国際的な連携が欠かせません。グローバルヘルスは、国を越えて人類全体で取り組む“世界共通の公共財”です。

大学院時代指導教官のもとSDGsの因果関係を分析するプロジェクトに参加していました。「健康」の目標が改善されると、「環境」や「貧困」にも好影響が出る——そんな分野横断の連鎖を見つける作業を通して、健康というテーマが、いかに長期的で複雑な構造にあるかを学びました。

ヘルスケアは短期的には注目されづらい分野ですが、後回しにすればするほどリスクは大きくなる。だからこそ、今から備え、仕組みをつくる意義がある。私は「遅れてやってくるけれど避けられない課題」に向き合うことに、強い価値を感じています。

ドローン×AIの挑戦

—— SORA Technologyの事業とその強みを教えてください。

マラリアは、世界で最も深刻な感染症のひとつです。WHOの世界マラリア報告(2022年12月)によれば、2021年の1年間で約2億4700万もの人々が感染し、うち約61万9,000人が死亡しています。その多くはアフリカの子どもたちです。

原因となるのは、マラリア原虫を媒介する「ハマダラカ」という蚊。実は蚊は、人間を死に至らしめる動物の中で最も多くの命を奪っており、サメやライオンよりもはるかに危険な存在です。

こうした背景から、マラリアの発生源を正確に特定し、被害を未然に防ぐことは、地域社会だけでなく世界全体にとっても非常に重要な課題です。私たちの強みは、大きく技術と運用の両面にあります。

技術的には、飛行機型(固定翼型)のドローンを開発しており、100キロ超の長距離飛行が可能です。広大なアフリカの地形にフィットする設計です。

水たまりを探索する固定翼型ドローンの機体

私たちが対象にしているハマダラカは、日本の蚊とは異なり、自然の中にできた一時的な水たまりを好みます。
こうした水たまりは数日で消えてしまい、人工物を手がかりに特定するのが難しい。
そのため、衛星よりも高解像度で、必要なときに必要な場所を狙って観測できる“オンデマンド性”に優れたドローンが必要でした。

さらに、ボウフラ(蚊の幼虫)は水がなくなっても乾季を越えて生き延びることがあります。水たまりの発見だけではなく、リスクを見極める仕組みが求められました。

そこで私たちは、画像解析による「水たまり検出AI」と、水質や植生などの特徴を読み解きリスクを評価する「感染リスク判定AI」の二段構えで取り組んでいます。

(左)ボウフラが発生しそうな水たまりを検出 (右)繁殖地となる場所のリスク分類

このAIの精度向上には、現地での地道なデータ収集が不可欠です。

現地の大学と協力覚書MoU)を締結し、大学生や卒業生をインターン生として招き入れ、 彼らの協力を得て、実際に泥に足を踏み入れ、ボウフラの有無や水温・濁度・植生などの詳細なデータを蓄積しています。

インターンの中には弊社の社員としてジョインしてくれるメンバーも増えてきています。

雨の後は悪路となる道なき道を進み、狙った水たまりの水をすくって集める

現地で泥だらけになりながら、雨のあとの悪路に踏み込んでデータを取れる機動力こそが、オンリーワンのAI解析精度を支えているのです。

こうした不規則で複雑なデータに向き合うことに、弊社の技術開発メンバーも高いやりがいを感じてくれています。
最近はアフリカ出身のAI技術者も新たに加わり、事業の意義と技術の面白さに共感してくれました。

最近入社したアフリカ出身のAI技術者のElieさん。彼も事業の意義と、AI解析の面白さに惹かれて入社した。

2年半の活動のなかで、実証実験も進めてきました。

例えば昨年、JICAの支援を受け、ドローンとAIを組み合わせた薬剤散布がどの程度インパクトをもたらすのか、大規模な実証を行いました。

従来の薬剤散布ではスタッフが草むらを歩き、2人1組で薬剤を散布していましたが、ドローン導入により水たまり発見の作業時間は75〜90%削減。
しかも、高リスクな水たまりにだけ薬剤を散布する運用体制なので、無闇に薬剤を散布するようなことも減り、地区によっては既存手法から薬剤散布量が半減したところもありました。

効果検証はまだ道半ばです。昨年は雨が少なかったこともあって、感染者数の変化は私たちが期待する程明確に見えませんでした。

今年は雨季に合わせた調査で、さらにアップデートされたAIと運用能力でさらなる実証成果を出せるよう進めていきます。

高リスクな水たまりに薬剤を散布する様子

命を守ることでつながる社会と経済

「命を守る」という行為は、社会の根幹に関わる最も本質的な営みです。

そしてそれは、単なる倫理ではなく、経済やテクノロジーとも強く結びついています。

今、多くの国が自国の利益を優先する時代に突入しています。しかし、感染症対策は国境で区切れない“世界共通の公共財”です。地球規模の視点で考える契機として、グローバルヘルスは不可欠だと感じています。

また、ヘルスケアはSDGsのなかでも「残り続ける課題」に分類されます。だからこそ、社会的意義と経済的な持続性の両立が求められます。

理念だけでは続かない。営利の視点と仕組みがあってこそ、インパクトも広がると考えています。

変化の兆しと「自立」への視点

アフリカ・ガーナ にて、水たまりの中のボウフラの確認手法についてレクチャーする梅田さん

現在、世界の潮流として「自国ファースト」が進んでおり、米国ではトランプ政権によるUSAID(※3)の費用削減などが話題になっています。

(※3)USAID(United States Agency for International Development/アメリカ合衆国国際開発庁)

1961年に設立された米国政府の対外援助機関のことです。国務省の方針のもと、世界100か国以上で経済発展、人道支援、災害復興、民主化促進などに取り組んでいます。保健・医療、教育、農業、環境など幅広い分野で活動し、特にHIV/AIDSやマラリア対策、ワクチン普及など国際的な保健事業で重要な役割を果たしています。

喫緊で命を支えるはずの重要な資金が途絶えた影響は、計り知れません。その多くは、放置すれば命に関わる深刻な事態を招きかねません。

しかし、ただ項垂れているだけでは、この危機を乗り越えることはできません。
「この時期をどう捉えるか?どう乗り越えるか?」が、いま問われています。

たとえば、命に関わる支援は最優先で守りながらも、現地政府の財政的な健全性や自立性を高める契機と捉えることもできるはずです。
実際、これまでアフリカの多くの保健省では、豊富な外部資金を前提に政策を立てていたため、国内税制の整備や持続的な財源確保の制度構築が後回しにされてきた側面があります。

いまこそ、そうした構造的課題に向き合う好機と捉え、制度設計や執行力の強化を丁寧に伴走していく必要があります。

絶望の中で身動きが取れずにいるよりも、限られた状況下でも一歩踏み出す視点こそが、未来をひらく鍵になります。

その一歩のために──
今ある資源の中で、根本的かつ持続可能な社会構造へと転換していくチャンスだと捉え、私たちは前に進んでいきたいと思います。

「人を救うインフラ」の構築をライフワークに

中学生の頃、父が心不全で倒れました。

AEDと心肺蘇生によって命を救われたあの体験が、私の原点のような気がしています。

技術によって公益的に「人を救うインフラ」をつくることは、私の人生のテーマです。

大学では社会基盤学を専攻し、インフラを支える制度や住民移転の調整など“ソフト”の側面から学びました。コロナ禍では研究テーマを転換し、SNSデータを使った感情解析や、SDGsの因果関係分析にも取り組みました。

そして今、SORA Technologyでの挑戦を通じて、テクノロジーと社会課題をつなぐ現場に立っています
インフラとは、道路や橋だけではなく、「命を支える仕組み」全体。私は、それをつくる側であり続けたいと思っています。

マラリア事業チームのメンバー。前列左が代表取締役 金子洋介さん。

目の前の問題を「自分ごと」として捉え、一歩を踏み出す勇気

—— HOPIUSのテーマである“希望”について、お聞かせください。さまざまな世界の難題がある中で、梅田さんの活動はまさに希望だと感じます。この「希望」を循環させていくには、何が必要だと思いますか?

難しい質問ですが、今、振り返って思うのは──SORA Technologyに飛び込んで、本当に良かったということです。
「グローバルヘルス」という壮大なテーマの中に、自分の情熱とやりがいを見つけられているからです。

社会課題の解決に関わるのに、特別な資格はいりません。大切なのは、目の前の問題を「自分ごと」として捉え、一歩を踏み出す勇気だと思います。

そして、その一歩を踏み出した人の姿が、周囲に見えること。挑戦する人が可視化されることで、「自分にもできるかもしれない」という希望が生まれる

私は、そんな循環が社会を変えていくと信じています。そのモデルのひとりとして、自分自身も挑戦を続けていきたいと思います。

インターンとして参画している藤本さん。
SORA Technologyでの経験は来年から社会人になる上で大きな肥やしとなっていくと思うと語る。

著者あとがき

梅田さんのお話を通じて、AIなどのテクノロジーが“世界の公共財”として活用されるときに生まれる大きな価値を、肌で感じました。
AIや最新技術は脅威ではなく、私たちの命や暮らしを守る“道具”として活かすことができる──そんな実感を得ました。

なかでも印象的だったのは、人間が本来的に持つ「好奇心」の向かう先によって、生まれる結果が大きく変わるということでした。
これまで、資本主義社会では「どうやってもっと稼ぐか」「どう仕組みを最適化して利益を得るか」といったマネーゲームの解法に、好奇心が使われることが多かったと思います。

しかし、SORA Technologyのように、社会課題の解決にその知性や情熱が向けられると、同じ好奇心が命や暮らしを守る力になる。そんな健全な在り方が、梅田さんの姿から伝わってきました。
そこには、新しい働き方や生き方のモデルが、確かに重なって見えました。

また、絶望的な状況の中にあっても「どうやって前に進むか?」という視点が印象に残りました。
予測不能な出来事が起きたときに、ただ立ち止まるのではなく、自分たちのミッションを進めるために何ができるのか。

事実を見つめ、連携し、次の一手をともに考えていくこと。
そして、一歩を踏み出すことでしか見えてこない世界があるということ。
その可能性に、これからも光をあてていきたいと思います。

SORA Technology(ソラテクノロジー)が東京で入居する渋谷ブリッジにて取材を行った。
多世代・異文化への「橋渡し」をコンセプトにする渋谷ブリッジでは、取材した日も様々な国籍の人たちが仕事をしていた。


SORA Technology(ソラテクノロジー)株式会社
「宙(SORA)」から人の生き方に変革を」をミッションに掲げ、ドローンなどのエアモビリティによって「世界のどこでも安全で豊かな社会」を実現します。ドローンとAIを用いての感染症対策・気候変動対策をメイン事業としているスタートアップです。https://sora-technology.com/

梅田 昌季(うめだ・まさき)さん
SORA Technology株式会社 取締役/Vice Chief Executive Officer

茨城県立水戸第一高等学校卒、東京大学工学部社会基盤学科、同大学院工学系研究科社会基盤学専攻修了。現在SORA Technology株式会社にて、取締役 Vice Chief Executive Officer として事業開発全般を統括。固定翼型ドローンと画像解析AIを活用し、蚊の幼虫が繁殖する水域を特定して効率的な蚊媒介感染症対策を実現する「SORA Malaria Control」を当初より推進。JICAや経済産業省等の支援を受け、ガーナやシエラレオネで現地政府・研究機関と共同事業を展開。また、衛星や気象データ等を統合した「SORA Health Intelligence Room」にて、洪水やそれに起因する感染症のリスク評価システムを整備するなど、気候変動由来の健康リスク軽減に向けた国際協働も進める。その他活動として、世界経済フォーラムのGlobal Shapers Communityメンバー等。

オフィスのインタビュー写真は、カメラマンの伊藤歩夢さんに撮影いただきました。

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