挑戦者の心に火を灯す——BEYOND2025が示した“再分配のはじまり”

2025年10月3日〜4日、京都で株式会社talikiが開催したソーシャルカンファレンス「BEYOND2025」。
社会起業家、大企業のビジネスパーソン、行政、金融機関、NPOなど──800名以上が一堂に会し、「再分配のはじまり」というテーマのもと、垣根を超えた対話が生まれた。
オープニングで、taliki代表・中村多伽さんはこう宣言した。
私は本気で平和な世界をつくりたい。
その一言を合図に、2日間の濃密な対話が始まった。

会場を包んだ“熱”と“安心感”
9回目を迎えたBEYONDは、年々スケールしながらも、どこかアットホームな温度を保ち続けている。
初参加の人でも緊張せずに溶け込める、優しさと安心感のある場だ。
最終セッションでは、その熱気が最高潮に達した。
大人たちが涙を流し、胸の奥にしまっていた想いを確かめ合うように頷き合う光景が、会場中に広がっていた。
約30年にわたり子ども・若者支援に向き合ってきた白井智子さんが、こう語ったとき──
「ちゃんと真面目に子どもたちを助けていて、それが世の中から必要とされる仕事である限り、潰れない。
絶対、誰かが助けてくれる。そう思えた瞬間から、すごく楽しくなった。」

会場には、静かな涙が広がった。
それまで積み重ねられた登壇者たちの言葉が、ソーシャル領域に挑む人たちへのエールとして一気に結晶した瞬間だった。
涙ぐむ司会者が「ここは“勇気の再分配”の場ですね。自分がつくりたい世界を諦めないための仲間をつくりに来ている。」と結んだ。
会場は高揚感に包まれ、その後の記念撮影には、晴れやかな笑顔が溢れていた。
新しいお金の流れをどうつくるか?
営利・非営利を問わず、社会課題の解決に挑むことは難易度が高い。
どれだけ意義が大きくても、資金が回らなければ活動は続かない。
貧困、不登校、自殺、孤立、障害者支援──複雑な課題は山積しており、時間・人手・お金が圧倒的に足りていない。
今回のパネルセッションでは、
「共に歩む、再分配のはじまり」というテーマ。
3人の登壇者がそれぞれの立場から具体的なビジョンを語った。
■ 久田哲史さん:起業家・大企業の“お金”を社会に向ける

Speeeを創業・上場させ、自身の全資産を寄付に振り向ける決断をして「Soil(ソイル)」(※1)を立ち上げた久田哲史さん。
彼が見てきたのは、「お金はあるのに、社会課題には届いていない」という現実だ。
日本には、
- IPOをした起業家たちの資産
- 大企業が毎年拠出している社会貢献枠
など、眠っているお金が膨大にあるにもかかわらず、たとえ感動的なピッチをしても寄付がほとんど集まらない現場を、久田さんは実際に目にしてきた。
だからこそ、Soilは「起業家や企業が少額からでも”継続して寄付・出資できる場”」の仕組みづくりに取り組んでいる。
起業家コミュニティの“かっこよさの基準”が、 物質的な豊かさを表現することから、「社会にお金と時間を再分配すること」に移っていく。久田さんは、そんな文化転換の起点をつくろうとしている。
(※1)Soil(ソイル):社会に必要なのに利益が出にくい“非営利スタートアップ”を支える公益財団法人。子どもの居場所づくりや孤立支援など、既存の資金循環では届きにくい領域に、助成金だけでなく事業伴走や評価支援も提供する。
■ 白井智子さん:リターンが見えない領域にこそ、無限に流れるお金を
白井さんは、不登校支援など「本来は公が責任を持つべき領域」をNPOが支えている現状を指摘する。
「不登校の子どもは34万人。
本来、国がちゃんとお金を出すべき活動に対して、様々な領域で 『がんばれよ』と他人事で見ている構図が続いている。」
スタートアップとして投資を受けられる「リターンが見込める社会課題」もある一方で、
ビジネスだけではどうしても成り立たない領域が存在する。
だからこそ、「休眠預金」「企業の寄付枠」「財団による支援」
などを組み合わせ、「リターンは望めないが、社会には不可欠な活動」に無限にお金が流れ続ける仕組みが必要だと語った。
現場の人が資金の心配ばかりするのではなく、「課題と向き合うこと」に集中できるようにすること。
そのための資金循環をつくるのは、周囲の私たちの役割だと訴えた。
■ 比屋根 隆さん:沖縄の“ゆいまーる”から生まれるインパクト投資

沖縄でインパクト投資ファンド「カリーインパクト&イノベーションファンド」を立ち上げた比屋根さん。
医療・介護・環境などの社会課題解決に取り組む企業に投資しながら、「ゆいまーる(助け合い)」の精神をベースにした新しい資金循環をつくろうとしている。
(※)カリーインパクト&イノベーションファンドとは:沖縄発の社会課題解決を後押しするインパクト投資ファンド。医療・介護・環境など公益性の高い領域に挑むスタートアップへ500万〜2000万円を出資する。琉球銀行などから1.75億円を調達し、「地域を良くする」という応援文化を基盤に、持続可能な社会変革モデルの創出をめざしている。
「沖縄が良くなることには、みんなで応援しようという文化がある。
その土壌があるからこそ、社会起業家を応援し、課題も解決し、 一定の経済的リターンも得られるモデルを一度証明できれば、 2号、3号ファンドはもっと集めやすくなる。」
将来的には、誰でも100円から参加できる「県民ファンド」を構想している。
企業の寄付や遺贈寄付も組み合わせ、
「県民一人ひとりの小さな投資で、社会課題を解決していく仕組み」を10年、20年かけて育てようとしている。
そのうえで比屋根さんは、教育への投資も重視している。
「ゆいまーる」と「十人十色」を掛け合わせた「ゆいとマール」という造語を掲げ、
心のあり方・平和・調和を育む“心の教育”に基金を通じて投資していく計画だ。
「成果がきちんと見える形で共有できれば、『自分の財産を沖縄の未来のために遺したい』という流れも必ず生まれる。」
ここでも、「お金の再分配」と「心のあり方」は不可分だというメッセージが一貫していた。
社会課題に取り組む人へのエール
このパネルのもう一つの印象的だったのは 「社会課題に取り組む人たちへのエール」だった。
お金の話だけでは終わらない。
そこには、「この仕事を続けてほしい」という、強い願いがこもっていた。

■ 久田さんからのエール:あなたの活動は、本当に価値がある
久田さんは、Soilの助成公募に届く事業計画書を読むたびに涙が出ると言う。
「儲からないかもしれない。でも、本当に社会にとって必要なことを、他の誰でもなく“あなた”がやってくれている。 それが社会起業家だと思うんです。」
「儲からない」「スケールしづらい」と言われ続け、
自分の活動の価値を疑いそうになっている人に対して、正面から肯定し続ける存在でありたいと言う。
「今はマイノリティかもしれないけれど、 その価値がわかる人は、必ずこれから増えていく。
一緒に頑張っていきましょう。」
■ 比屋根さんからのエール:平和と調和をリードする日本へ
比屋根さんは、taliki代表の中村さんの言葉に呼応するように語った。
「たかさん(taliki代表の中村氏)が“本気で平和な世界をつくりたい”と言っていたけれど、 私も本当に同じ想いです。それをやるために沖縄に生まれてきた、と思っています。」
今、世界では分断が進んでいる。その中で、平和や調和をリードしていくリーダーがもっと必要であり、
それを生み出す役割を日本人が担えると信じていると語った。
「世界の平和の入り口は、一人ひとりの心の平和。 いろんな意見があっても受け止めあえるマインドセットを、 教育を通して育んでいくことが大切です。」
そして、平和・調和・凸凹を補い合う価値観が当たり前になれば、
大人になったとき、自然と「地域に、社会に還元しよう」と思える人が増えていく。
「平和と調和のリーダーシップを日本から生み出しながら、
再分配できる仕組みを10年、20年かけて一緒につくっていきたい。
世界平和を日本がリードしていけるように、そんな起業家がたくさん生まれる環境を、みんなで育てていきたい。」
■ 白井さんからのエール:やり続けることの力を信じて
白井さんは、自分の歩みを振り返りながら、 社会課題に向き合う人たちへ“バトン”を渡すような言葉を贈った。
「活動していても、なかなか認めてもらえなかったり、 お金が集まらなかったり、本当にきついときもあると思います。 それでも“やり続けること”は本当に大事です。」
子どもたちが安全な居場所で成長していく姿を目の当たりにしたからこそ、「続けるしかない」と思えたと語る。
そして、冒頭の言葉に続く。
今では、昔の教え子たちがスタイリストとして関わってくれたり、次の世代を支える側に回っているという。
「最初は大人になることに失望していたような子たちが、 今は一緒に社会を良くする側に立ってくれている。 そうやってバトンを渡し続けていける時代が来ていると思います。 みんなで社会を良くし続けていきましょう。」
おわりに:勇気の再分配が始まっている
「BEYOND2025」の2日間は、資本主義の次を探る分配モデル、自分たちの事業を磨くワークショップ、若手社会起業家のピッチ、約40のNPO・ソーシャルベンチャーのブース、そして僧侶による瞑想と「あなたの命、どう使う?」という問いを投げかけるワークなど、学びと内省と交流がゆるやかに循環するように設計されていた。

サークル オー事業責任者日下 友乃さん(左)、事務局長井戸上 勝一さん

再利用が困難だった廃棄物から生まれた人工皮革「.Garbon Synthetic Leather」が来場者の注目を集めていた。
マテリアル事業部代表森 浩一さん
そこで繰り返し語られていたのは、単なる「お金の再分配」ではなく、挑戦を続ける人たちの心に火を灯す “勇気” と “肯定” の再分配だった。
現場で戦い続けてきた実践者から放たれる言葉の重みに、参加者は深く頷き、涙し、互いの背中を押し合った。
そして会場を後にする時、
「受け取ったエールに応えよう。次は自分たちがバトンを渡す番だ」。と帰路に着いた人も多かったかもしれない。
この2日間は、社会を変える壮大なムーブメントの “はじまり” を確かに感じる時間だった。
勇気の再分配は、もう動き出している。

ホピアス代表理事柳澤(左)、株式会社taliki 代表取締役CEO 中村さん(中央)、ホピアス共同創業者 奥(右)
登壇者プロフィール
久田 哲史(ひさた・てつし)
愛知県生まれ。大学在学中に株式会社Speeeを創業し、代表取締役に就任。2011年、新規事業創出に専念するため代表を交代。2018年にはブロックチェーン事業を主軸とした株式会社Datachainを設立。2020年にSpeeeを上場させる。
「儲からないけど意義がある」事業に取り組む非営利スタートアップの創業期を支援するため、2023年に一般財団法人Soilを立ち上げ代表理事に就任。2024年には公益財団法人へ移行し、非営利スタートアップへの助成と成長支援を行っている。
公益財団法人Soil 公式サイト:https://soil-foundation.org/ Soil
比屋根 隆(ひやね・たかし)
株式会社うむさんラボ 代表取締役CEO。沖縄国際大学在学中にIT企業を起業。その後独立し、1998年に株式会社レキサスを設立。2008年には、沖縄の学生をシリコンバレーに派遣する「Ryukyufrogs」を創設するなど、人材育成や地域発のイノベーションの土台づくりに尽力してきた。
現在は、インパクト投資や教育基金を通じて、「ゆいまーる」の精神に根ざした新しいお金の循環モデルづくりに挑戦している。
株式会社うむさんラボ 公式サイト:https://umusunlab.co.jp/ umusunlab.co.jp
白井 智子(しらい・ともこ)
1972年千葉県生まれ。4〜8歳をオーストラリア・シドニーで過ごす。東京大学法学部卒業後、松下政経塾に入塾。1999年、沖縄のフリースクール設立に参加し、26歳で校長に。2003年にNPO法人トイボックスを立ち上げ、大阪府池田市と連携して全国初の公設民営フリースクール「スマイルファクトリー」を設立。
東日本大震災後には、福島県南相馬市で「みなみそうまラーニングセンター」「はらまちにこにこ保育園」「錦町児童クラブ」等を開設。2020年から2期4年、新公益連盟代表理事を務める。2024年10月、株式会社こども政策シンクタンクを設立し、社会的格差の固定化解消に向けたプロジェクトと政策提言に取り組んでいる。
白井智子 オフィシャルサイト:https://www.shiraitomoko.org/
中村 多伽(なかむら・たか)
株式会社taliki 代表取締役CEO/talikiファンド 代表パートナー。1995年生まれ、京都大学卒。大学在学中、国際協力団体の代表としてカンボジアに2校の学校を建設。その後ニューヨークのビジネススクールへ留学し、現地報道局でアシスタントプロデューサーとして2016年米大統領選や国連総会の取材に携わる。多様な現場で社会課題の構造を目の当たりにし、「課題解決に挑むプレイヤーを支援する」必要性を痛感し帰国後に株式会社talikiを創業。これまで400以上の社会起業家のインキュベーション、上場企業との事業開発支援、オープンイノベーション推進を行う。2020年には国内最年少の女性代表として社会課題解決VC「talikiファンド」を立ち上げ、投資活動にも従事。Forbes JAPAN「世界を変える30歳未満 2023」選出。
株式会社taliki 公式サイト:https://taliki.org/


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