誰かのサンタになるー小さな希望の循環

イメージ画像:生成AI

クリスマスが近づくと、街の空気が少しだけ変わります。
コンビニにはケーキやお菓子が並び、子ども向けのおもちゃが目立つようになります。誰かに何かを贈る、という行為が、ごく自然なものとして街にあふれる季節です。

「サンタさんは来るかな」
そんな会話が聞こえてくる一方で、大人たちは忙しさの中にいます。それでもこの時期は、不思議と「誰かのために」という気持ちが浮かびやすい。プレゼントを選ぶ時間や、家族と過ごす夜の中で、自分以外の誰かを思い出す瞬間が増えるからかもしれません。

実は、日本には昔から、こうした気持ちが形になった取り組みがありました。
それが「歳末たすけあい運動」です。名前は少し堅く聞こえますが、やっていることはとてもシンプルです。年の終わりに、困っているかもしれない誰かを思い出し、地域で支え合う。そんな営みが、長く続いてきました。

歳末たすけあい運動とは何か

歳末たすけあい運動は、毎年12月に行われる地域の取り組みです。
年末年始を迎えるにあたり、生活に困難を抱える人や、孤立しやすい人が取り残されないよう、地域全体で支えることを目的としています。

多くの地域では、赤い羽根共同募金の一環として実施され、社会福祉協議会を中心に、民生委員や地域のボランティアが関わっています。

赤い羽根共同募金公式サイトより


民生委員や地域の人たちが、日頃の関わりの中で「最近元気がない」「この冬を一人で越せるだろうか」といった変化に気づき、その情報を持ち寄ります。書類よりも、暮らしの様子を大切にし、必要と判断されれば、本人の申請がなくても支援が届けられることがあります。

支援は、「困っているから」ではなく、「年末の見守りとして」「地域の取り組みとして」行われます。
現金や物資の支援をきっかけに、年明け以降の見守りや相談へとつながっていくこともあります。

民生委員とは:地域住民の相談に応じ、福祉や子育て支援へつなぐボランティアの非常勤地方公務員。

起源と広がり

歳末助け合いの歴史は、明治期にさかのぼります。
日露戦争後、戦争による疲弊や貧困が社会問題となる中で、年の瀬に生活に困る人々を支えようとする動きが各地で生まれました。

大阪では1908年(明治41年)に、「方面委員制度」が始まります。
制度の立ち上げに関わったのは、当時の大阪市助役であった林市蔵です。

そして制度を実際に動かしたのは、商人や僧侶、医師など、地域に根ざして暮らす人たちでした。
方面委員と呼ばれる人々は、無償のボランティアとして地域を歩き、家庭を訪ね、近所の話を聞き、商店主と情報を交わしました。

誰がどんな状況にあるのかを日常の中で把握し、年末になると、米や味噌、薪や炭、着物、少額の現金などを、直接家に届けていました。
困っている人に直接寄り添い、支援をしていた時代でした。

昭和29年(1954)の東京中日新聞のポスター「歳末たすけあい運動

方面委員制度とは:
1908年(明治41年)に大阪市で始まった地域福祉制度。方面委員と呼ばれる住民ボランティアが地域を巡回し、生活困窮者の状況を日常的に把握したうえで、年末を中心に現金や物資を直接届けた。申請を前提とせず、地域の実情に基づいて支援を行った点が特徴で、現在の民生委員制度の原型となった。

林市蔵(はやし いちぞう):
明治期の大阪市助役(現在の副市長に相当)。1908年(明治41年)、急速な都市化と貧困の拡大に直面する中で、地域ごとに生活困窮者を把握し支援する「方面委員制度」の創設に関わった。行政主導に頼らず、地域住民の力を生かした福祉の仕組みを築き、後の民生委員制度の礎をつくった。

なぜ「年末」なのか

年末年始は、役所や支援窓口が閉まりやすい時期です。
一方で、暖房費や食費などの出費は増え、仕事が減る人もいます。人と会う機会が減り、孤独を感じやすくなる時期でもあります。
社会の仕組みが一時的に止まりやすいこの時期に、生活の不安が集中しやすいことを、過去の人々は経験として知っていました。
歳末たすけあい運動は、そうした困難を地域で支えるための取り組みとして根付きました。

現金給付、食料や日用品の配布、年越し弁当の提供、一人暮らしの高齢者への声かけなど、内容は地域によって異なりますが、共通しているのは「年を越すときに、孤立させない」という考え方です。

現代に息づく、歳末たすけあいのかたち

こうした支援は、都市型の暮らしが当たり前になった現代においても、かたちを変えながら各地で続いています。
とりわけ近年は物価高の影響で、子どもを育てる家庭の負担が増え、年末からクリスマスにかけて、生活を支えるさまざまな取り組みが広がっています。

たとえば、神奈川県を拠点に活動する「フードバンク湘南」は、ひとり親家庭などに向けて、定期的に食料支援を行っています。年末年始に向けては、学校給食がなくなる冬休みを前に、支援の量を増やす取り組みを実施しています。

12月には、レトルト食品や日用品に加え、子ども一人ひとりにお菓子を詰めた袋を用意しました。
節約が続く中で、「お菓子は後回しになる」という家庭が多いことを、現場で感じてきたからです。食事だけでなく、クリスマスらしい時間を少しでも届けたい。その思いから生まれた工夫でした。

また、困窮家庭の子ども支援を続ける「キッズドア」は、冬休み期間に向けた食料支援のためのクラウドファンディングを毎年実施しています。▷こちら
給食が止まる冬休みは、子どもたちにとって一日の食事が十分に確保できなくなる時期でもあります。寒さの中で暖房を控え、体調を崩すケースも少なくありません。年末の華やかな空気の裏側で起きている現実に、社会全体で向き合おうとする取り組みです。

さらに、クリスマスイブの夜にサンタクロースが家庭を訪れる活動を続けているのが、「チャリティーサンタ」です。
全国の個人や企業から寄付されたプレゼントを、ボランティアが直接子どもたちに届けます。近年は、被災地の子どもたちへ絵本を届けるなど、その年の状況に応じた活動も行っています。

この活動が大切にしているのは、「物を渡すこと」以上に、「大切にされた記憶」を残すことです。
子ども時代の限られたクリスマスに、誰かが自分のことを想ってくれた。その体験が、将来「誰かのために何かをしたい」という気持ちにつながっていく。そうした循環を、長い目で育てようとしています。

札幌から沖縄まで30以上の都道府県で行うサンタ活動。サンタは2万人超え、届けた子どもは5万人(チャリティサンタHPより)

これらの取り組みは、歳末たすけあい運動と重なります。暮らしや日々の営みを想像すること。自然な形で手を差し出すこと。そして、年を越す前に孤立させないこと。
物価高の苦しい状況下でも、各地で市民単位での活動が根気強く続いています。

年の終わりに

年末は、少しだけ時間と気持ちに余白が生まれる季節です。
日々の忙しさの中ではできなかった「誰かのための行動」を、試してみるには、ちょうどいいタイミングかもしれません。

年の終わりに、助けを必要としているかもしれない誰かのことを思い出し、少し手を伸ばしてみる。
その小さな行動が重なれば、社会は少しずつ、いい方向へ向かっていくのだと思います。

希望は、こうした小さな循環の中で育っていくものです。
そして、その循環に関わることで、私たち自身も、社会とともに育っていく。

来年もホピアスは、そんな希望のあり方について、考え続けていきたいと思います。

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