新・読書体験——栄養としての読書とは?

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近年、読書の価値があらためて見直されつつあります。
各地で開かれる読書会やブッククラブの盛り上がり、行政による図書館改修をきっかけに生まれた「行ってみたくなる図書館」、さらには読書を起点にした恋愛マッチングサービスまで、「本を読む」という行為から派生する活動が多岐に広がっています。
私たちは今、かつてないほど情報に囲まれ、複雑な社会を生きています。そんな時代において、腰を据えて物事を考える力や、多様な価値観を持つ人と共に生きる力は、どこから育まれるのでしょうか。

もしその一部が、読書という行為から養われるのだとしたら──新しい年の始まりに、「今年は何冊読もうか」と考えてみる。
読書を生活の中の“栄養”として取り入れることで、日々の暮らしが少し穏やかに、そして豊かになる可能性があります。

日本人の読書事情──「半年で1冊未満」が半数以上

最近、本を読んでいますか?
通勤電車やバスの中で新聞や本を読んでいる人の姿は、以前に比べて明らかに減りました。多くの人がスマートフォンを手に、動画や音声、SNSを眺めています。

文化庁の「国語に関する世論調査(2023年度)」によると、16歳以上の日本人の62.6%が「1か月に1冊も本を読まない」と回答しました。この調査は2008年度から5年ごとに実施されていますが、今回の数値は過去と比べて大きく増加しています。

一方で、「本は読まない」と答えた人の75.3%が、SNSやインターネット記事などの活字はほぼ毎日読んでいると回答しています。文字から離れているわけではなく、読書の形が変化していることがうかがえます。
読書量が減った理由として最も多かったのは、「携帯電話やスマートフォンなどで時間が取られる」(43.6%)。次いで「仕事や勉強が忙しい」(38.9%)、「視力など健康上の理由」(31.2%)が続きました。

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子どもたちの読書時間も減少している

子どもたちの読書状況はどうでしょうか。
全国学校図書館協議会による「2025年学校読書調査」では、1か月間に本を1冊も読まなかった割合が、小学生9.6%、中学生24.2%、高校生55.7%という結果が示されています。

さらに、10年前と比べると「1日の読書時間が0分」の子どもは大幅に増え、2024年には半数を超えました。
一方で、中学生のスマートフォン使用時間は1日平均で約50分増加しています。

海外に目を向けると、米国で約2万6,000人を対象に行われている American Time Use Survey でも、2004年から2017年の間に「読書をした」と答えた人の割合が、男性で40%、女性で29%減少したことが報告されています。読書離れは、日本だけの現象ではありません。

紙とデジタルで、理解力に違いはあるのか

電子書籍の普及により、デジタルで文章を読む機会も増えています。
この点について、ノルウェー・スタヴァンゲル大学の識字研究者アン・マンゲン教授は、約20年にわたり研究 (※1)を続けています。

マンゲン教授によると、デジタル上で文字を追う場合、人は「ざっと見渡す読み方」をしやすく、情報を素早く拾う一方で、内容を深く理解・記憶する点では不利になる傾向があるといいます。
印刷された書籍とオンライン上の文章を比較した実験では、紙のほうが深い理解や認知的処理に優れる可能性を示しました。

マンゲン教授の研究では、単なる「読む」という行為だけでなく、

  • 紙ではページをめくる手の動き、位置情報(どのページまで読んだか)が脳にフィードバックとして入る
  • スクリーンではそうした身体的な手がかりが少ない

という点が、認知的な違いに影響していると考えられています。

現在では50件以上の研究から、こうした「スクリーン劣勢」と呼ばれる傾向が裏付けられています。

特に小学生では、紙で読む場合とデジタルで読む場合の差が大きく、読解力の伸びに換算すると約3分の2年分に相当する差が生じるとも言われています。

(※1)研究論文「紙媒体とコンピュータ画面で直線的な文章を読むことの比較──読解力への影響」

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フィクションは共感力を育てる

読書の価値は、理解力だけにとどまりません。
トロント大学の心理学者レイモンド・マー教授は、小説を読む人ほど他者の感情を読み取る力、いわゆる共感力が高い傾向にあることを実験で示しています。

小説を読んでいる間、私たちは文章を追いながら、同時に登場人物の立場や感情を想像し、頭の中で状況をシミュレーションしています。
これは、現実世界で友人や他者を理解する際に使う認知プロセスとよく似ています。つまり、物語を読むことは、他者を理解するための“練習”でもあるのです。

短い文章や短い動画では、この効果はほとんど見られません。長い物語に没入し、人物や背景を追い続けることで、経験したことのない状況にも共感できる力が育まれる可能性があります。

参考:ヨハン・ハリ著「奪われた集中力」作品社

読書から始まる出会い──新しい形のコミュニティ

読書の価値は、個人の内面だけでなく、人とのつながりにも広がっています。
たとえば、MISSION ROMANTIC株式会社が運営する 恋する書店・チャプターズ は、本を起点に人と人が出会う恋愛マッチングサービスです。

利用者は毎月届く選書された本を読み、同じ本を選んだ人とオンラインで感想を共有します。プロフィールに並ぶのは、好きな本や簡単な自己紹介のみ。効率重視のマッチングとは異なり、ゆっくりと時間をかけて関係を育む設計が特徴です。
実際に、数か月から半年以上かけて関係を深め、交際や結婚に至るケースも出ています。

こうした取り組みは、読書が単なる個人の趣味ではなく、人と人をつなぐ媒介になりうることを示しています。

MISSION ROMANTIC株式会社のHPより抜粋

また、読書会(ブッククラブ)の開催数も増加傾向にあります。ブッククラブ運営支援サービスを手がける企業の調査によると、関連イベントの開催数が2021年から2024年にかけて約1.8倍に増加しました。本を通じて語り合い、価値観を共有する場が、広がっていることがうかがえます。

過酷な環境で発揮される本の力──刑務所図書館運動

読書という行為の存在の大きさを象徴する例のひとつが、アメリカの刑務所図書館運動です。
米国には、州・連邦・地方を合わせて5,000以上の刑務所・拘置施設があり、約200万人が収監されています。これは世界でも突出して多く、人口比で見ても米国は最大級の受刑者人口を抱えています。

こうした状況のなか、1970年代から、市民ボランティアによって刑務所に本を届ける運動が続いてきました。

この運動は、読書を「人の尊厳と学びを支える基盤」と捉えています。

受刑者一人ひとりのリクエストに応じて本を届ける仕組みです。
読書による教育や自己理解、精神的ケアを通じて、再犯率の低下や社会復帰を目指しています。

書籍『鉄格子を超えて本を届ける(※2)』には、実際に収監されていた人たちの声が収められています。

その中で、ある元受刑者はこう語っています。
「収監されていた時、多くのノンフィクションを読んだが、それ以上にフィクションをたくさん読んだ。なぜなら、刑務所は過酷な環境だったからだ」

過酷な環境から一瞬でも自由になる。
読書には、そんな力があることが伝わってきます。

(※2)Books Through Bars: Stories from the Prison Books Movement(鉄格子を超えて本を届ける)」

以下、一部引用

編集・執筆:Dave “Mac” Marquis、Moira Marquis
刑務所図書プログラムの運営者たちは、過去70年間、地下室、倉庫、古書店の奥の部屋に静かに集まり、受刑者からの手紙を読み、お返しに本を送ってきました。この非階層的で緩やかな運動は、30州から寄贈された図書館を利用し、わずかな予算で運営されていますが、この長年続く社会運動はほとんど知られていません。本書には、刑務所図書プログラムの必要性を説明するエッセイや、刑務所図書プログラムを立ち上げたり参加したりするためのアドバイス、そして現在の課題への光を当てる内容が収録されています。大量投獄は人々に無力感を与えることがありますが、本書は、世界史上最大の投獄において、一般の人々がどのように組織化し、介入できるかを詳述しています。本書の編集者たちは、誰もが互いに異なる扱いをする力を持っていること、そして残酷さよりも思いやりの文化を育む力を持っていることを、より多くの人々に理解してもらうきっかけとなることを願っています。

「鉄格子を超えて本を届ける編集・執筆:Dave “Mac” Marquis、Moira Marquis

何よりのエンタメ・人類の資産かもしれない書籍

私たちは、100年前に比べると、さまざまな技術の進歩の恩恵を受けて生きています。家事は電化製品が代替してくれ、この1年ではAIが日常生活に浸透し、ますます効率化や時短が可能になっています。

それでも、「忙しい」という感覚は増すばかりです。

なぜだろう、と考えてみると、手元にある小さな四角い機器の存在に気がつきます。何かを調べたり、動画を見たり、SNSをのぞいたり。気づけば、自動的にスマホを操作している自分がいます。

複雑化する社会の構造やさまざまな課題を、良識的に理解していくためには、じっくり考え、少しずつ理解を深めていくプロセスが欠かせません。

その途中で生まれる、ふとした発見や気づき。体験を通して得られる答え。

本は、SNSの投稿文のように、パッとつくれるものではありません。もしかしたら、その人が一生をかけて取り組み続けた結晶かもしれませんし、少なくとも、ある程度の時間をかけて思考し、編み出されたものです。

古典と呼ばれる書物には、先人の叡智が詰まっています。そして私たちは、図書館に行けば、それらに無料でアクセスし、読むことができます。

何よりのエンターテインメントであり、何よりも人類の資産かもしれない書籍。

積読も許しながら、無理のない、楽しい読書ライフを。
たまには読書会など、本を通じた豊かさを暮らしの中に取り入れてみよう。そんなふうに思える新年です。
みなさんも、ゆるやかな読書ライフを楽しんでみませんか。

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