聞こえない両親のもとで育った僕が広げる「ろう難聴の子どもの居場所と可能性」

【HOPEFULなひと】
「ホピアスの想い」をもとに、人類に希望を見いだし、持続可能で愛ある世界を目指して活動している人たちを紹介するHOPEFULなひと。今回お話を伺ったのは、認定NPO法人サイレントボイス事務局長の井戸上勝一(いどうえ・しょういち)さんです。聞こえない両親のもとに生まれた「CODA(コーダ)」として、音のある世界とない世界の間で育った井戸上さん。「できない」「仕方ない」「かわいそう」という社会の思い込みを変え、聞こえない子どもたちの居場所と可能性を広げる活動を続けています。「助ける・助けてもらう」ではなく「共にできる」へ──。聞こえる人と聞こえない人の架け橋として歩む井戸上さんに、その原点と希望を聞きました。
来客がインターホンを押すと、各居室に設置されたフラッシュライトがピカッと光る──。音の代わりに光で来客を知らせる仕組みがあれば、聞こえない人でも来客に気づけます。聞こえない人がいる家庭では当たり前にあるこの仕組みが「ほかの家庭にはないもの」だと知ったのは、井戸上勝一さんが小学3年生のときでした。
「自分の家では当たり前」だと思っていたことが、世の中の当たり前ではないと気がついた瞬間です。
井戸上さんの両親は、ともに耳が聞こえません。聞こえない親のもとに生まれた、聞こえる子どもは「CODA(コーダ)」と呼ばれます。井戸上さんもその一人。
「音のある世界とない世界、その両方を知っているようで、知らない側面がたくさんありました」と、子ども時代を振り返ります。
彼は今、認定NPO法人サイレントボイスの事務局長として、全国のろう・難聴の子どもたちに「居場所」を届ける活動をしています。
大阪の教室で体験を通じた学びの場をつくり、オンラインで全国の子どもたちともつながりを広げています。さらに国の制度や企業との連携にも働きかけながら、聞こえない子どもたちが安心して活動できる機会を模索中です。

聞こえる世界と聞こえない世界の間で育った井戸上さんが、なぜこの仕事を選び、これから何を見据えているのか。
今回はその歩みを伺いました。
「それ誰が決めたん?」聞こえない両親のもとで芽生えた気づき

聞こえる世界と聞こえない世界の間には、文化の違いやコミュニケーションの違いなど、目に見えない壁があるのではないか。井戸上さんがそのことに気づいたのは、思春期のころでした。
高校2年生のとき、友人から「お前、ご飯食べるときの音、めちゃくちゃ汚いから気をつけたほうがいい」と指摘されたそうです。当時の井戸上さんには、なぜ音を立てながらご飯を食べることが良くないことなのか、理由がよくわかりませんでした。なぜなら、井戸上さんは両親から咀嚼音に対するマナーについて教わったことがなかったからです。
友人から指摘されて帰宅したあと、父が食事する姿を観察すると、自分の3倍くらい音を立てていました。
「でも、めっちゃ美味しそうなんですよ。」父の世界から見れば音のルールはあってないようなものそばやラーメンなど音を立てた方が美味しい食べ物もあるし、考えれば考えるほど、このルールって誰が作ったんだろうと思うようになりました。
世の中のルールは、聞こえる大多数の人を基準に作られているだけなのではないか。
聞こえる人の世界と、聞こえない人の世界の間にできた「ズレ」を、井戸上さんは感じ取っていました。
その一方で、2つの世界の間にある見えない壁は、ちょっとしたきっかけで乗り越えられることを体験しました。それは小学生のときに始めた野球です。
保護者のお茶当番に、母と祖母が応援に来ても、父は来なかったそうです。聞こえる保護者たちの中に入ることに抵抗があったといいます。しかしあるとき、友達のお父さんが井戸上さんの父と話がしたいからと、手話を覚えて話しかけてくれたのだとか。それをきっかけに、父は練習に顔を出すようになったそうです。

「聞こえる人のことを、外国人のようにずっと感じていた。でもあの人が手話で話しかけてきたとき、初めて同じ人間なんだと思えた」
ろう学校で育ち、就職後も聞こえない人の社会で生きてきた父が、のちに井戸上さんにこう語ったといいます。高校3年生で野球を引退するとき、父から「お前が野球をやってくれたおかげで、自分の世界が広がった」と話したことが忘れられないそうです。
ただ楽しくやっていただけのことが、気がついたら聞こえる人と聞こえない人をつなぐ架け橋になっていた──。その実感が、今の仕事の原点にもつながっています。
「後悔したくない」母の病気が変えた人生の優先順位

聞こえない両親のもとに生まれ育った井戸上さんですが、就職活動を始めるまで、障害福祉の領域にはあまり関心がなかったといいます。転機になったのは、21歳のとき。母が末期の乳がんだとわかったことでした。
症状が目に見えるほど進行していたにもかかわらず、病院にも行かず、家族にも打ち明けなかった母が「人に相談するという感覚が、よくわからない」と話した言葉が井戸上さんの胸に深く残っています。
井戸上さんの母は、聞こえる家族の中で育った聞こえない子どもでした。家族に手話ができる人がいなかったため、食事中も家族の会話に入れず、漫画を読んでいたこともありました。後に聞こえない子どもたちと関わるようになって気づいたのは、母の幼少期と同じような環境にいる子どもたちが、今の時代にもいるということです。
自分のことをわかってくれる人がそばにいて、相談するという感覚が備わっていたら、母の人生はまた違っていたのではないか。そう思ったとき「この領域に関わらなかったら、後悔する」という気持ちが強くなりました。
大学卒業後、井戸上さんは障害者支援を手がける大手企業に入社。全国の障害児支援施設を回るなかで「聞こえない子どもが1人だけいるけれど、手話で話せるスタッフがいない」という声を何度も聞きました。しかし、聴覚障害のある子どもに特化した事業は、対象者が少なく、社内で実現するのは難しい。
大手企業の仕組みの中では、届けられない子どもたちがいるという現実を、肌で感じたといいます。
運命的な出会いから転職を決意——体験から言葉を学ぶ教室づくり

そんな聞こえない子どもたちへの支援の難しさを感じていた井戸上さんが、営業先で偶然出会ったのが、認定NPO法人サイレントボイス代表の尾中(おなか)さんでした。法人の取り組みを聞いた瞬間、「稲妻が走った」といいます。
当時の井戸上さんはまだ新卒2年目。
「給料はなくていいから、働いた結果を見て決めてください」と頭を下げて採用してもらったそうです。広く多くの人を支える大企業では、聞こえない子どもたちに特化したアプローチが難しいため、小さな組織で深く関わることで、できることが増えるかもしれない──その確信が、井戸上さんをサイレントボイスへと導きました。
サイレントボイスが大阪で運営する放課後等デイサービス「デフアカデミー」は、ろう・難聴の子どもたちが放課後に通う教室です。ここで大切にしているのは「まず体験し、そこに言葉を紐づける」というアプローチ。毎月テーマを設定し、年間を通じたプログラムを組んでいます。
たとえば「お金」がテーマの月には、擬似体験を通じてお金の概念を学びます。子どもたちは「デフポッチ」というオリジナルのキャラクターをデザインし、それを描いた「わーい」という名前の紙幣を作りました。印刷は地域の印刷会社に依頼したそうです。

翌月に開催される夏祭りでは、その紙幣を使って出店の買い物をする体験を通して、お金の概念を学びました。値付けもすべて子どもたちが自分で考えます。自分で作った愛着のある紙幣が誰かの手に渡り、循環していく様子に、子どもたちは大喜びだったようです。

ろう・難聴の子どもにとって、「チームワーク」や「価値の交換」といった目に見えない抽象的な言葉の理解は大きな壁です。
実際の体験があって初めて自分の言葉として残っていきます。教室では、子どもたちと同じ聞こえないスタッフがメンターとして、子どもたちに寄り添い、同じ経験を持つ大人として「わかるよ」と共感することで、子どもたちは安心して挑戦し、失敗を新しい発見に変えていきます。
画面の向こうに、第3の学びの場を──オンライン教育事業「サークルオー」の誕生

聞こえない・聞こえにくい学齢児は、全国に約1万5,000人程度いるといわれています。
1,000人に1人の割合で、全国各地に点在しているため「デフアカデミー」がある大阪の教室に通える子どもはごく一部です。地方の子どもたちのために教室をつくろうにも、1つの地域にいる子どもの数が少なく、経営が成り立ちません。
「教室に来られない子どもたちに、届ける方法はないか」──2020年、サイレントボイスではコロナ禍の少し前に、試験的にオンラインでの支援を始めました。その直後にコロナ禍に突入。それによって教室に通っていた子どもたちが来られなくなり、オンラインの需要が一気に高まったといいます。日本財団の助成を受けて無償で提供したところ、「初めてこういうサービスがあると知った」「これがなかったら、子どもは学校に行けてなかった」という声が全国から届きました。

当初、このオンライン教育事業はコロナの収束とともに終わるはずでした。しかし、コロナ禍に関係なく、全国各地で必要な家庭があると気づいたことで、今でもサービスを継続しています。
このオンライン型支援「サークルオー」は現在、北海道から沖縄、海外に住む子どもまで約50名が利用しています。一人ひとりの聞こえ方やコミュニケーション方法に合わせた一対一の個別授業のため、条件に合う先生を見つけるのは、簡単ではありません。
それでも「子どもの世界を広げたい」という想いで関わる先生たちに支えられ、パソコン画面の向こうに、家庭でも学校でもない「第三の学び場」が生まれています。
行政への提言と企業連携──社会の側を変えていく挑戦
サイレントボイスが聞こえない子どもたちへのオンライン教育事業を続けるうえで、大きな壁があります。それは、公的支援が受けられないという制度の限界です。放課後等デイサービスは「通所(実際に教室へ通うこと)」が前提となっています。そのため、オンラインでの支援は公的なサポートの対象外です。
つまり、教室に通える子どもとオンラインを利用する子どもとでは、受けられる支援に大きな差が生まれています。
井戸上さんたちは、3〜4年前からこの課題を改善する発信を続けています。その甲斐あって、こども家庭庁の担当者が、教室やオンライン授業の視察に訪れるまでになりました。自治体との実証実践も水面下で動いており、オンライン支援にも公的予算がつく制度改革への手応えを感じているそうです。
同時に力を入れているのが、企業との連携。
ろう・難聴の子どもたちが職場体験できる場所は限られています。サイレントボイスではファミリーマート、シスコシステムズ合同会社、Microsoft、鹿島建設などの企業に働きかけ、子どもが社会と繋がることを目的とした体験プログラムを一緒につくっているそうです。たとえば、一昔前は会議にも自由に参加できなかったのが、音声翻訳があれば情報を得られるようになりました。 AIの力でもっとできることが増えていくと思います。こうした工夫で環境を整えれば、結果として子どもたちの「働く可能性」が広がるでしょう。
「聞こえない子どもが活躍できる環境をつくるという目標があるからこそ、企業のみなさんも本気で関わってくれるんです」と井戸上さんは笑顔で話してくれました。
好奇心が原動力、目指すのは「僕らがいなくなる世界」

最後に、井戸上さんに「あなたにとって希望とは何ですか?」と尋ねたところ「自分の見えている世界を、1ミリでも拡張させることじゃないかなと思っています」と答えていただきました。
支援したいから、この仕事をしているわけではない──。感覚や身体の異なる人たちが見ている世界を少しでも知りたい。その人たちと一緒に何かをつくることが面白い。そういう好奇心こそが活動の原動力。
「正義感や救いたいという気持ちだけで関わろうとしても、長くは続かないんですよね。面白いと思えるから続けられるし、うまくいかないときにも自分の見方を変えてみようと思える。正義感がベースだと、この切り替えがすごく難しいんです」
「どこまでいっても相手のことは100%わからない。だから1%でも伝わる比率を上げていく、それがコミュニケーションの本質だと思います」井戸上さんはそう語ります。

この考えの根底には、大人になってから言語として手話を身につけ、父と深く対話できるようになったという井戸上さんの原体験がありました。幼少期の頃はどこか消極的に見えていた父が、手話で話すと豊かな知識や哲学を持っており、ろう者の世界では自分の知らない父の姿がありました。
指文字と簡単なホームサインしか知らなかった井戸上さんは、父の姿の半分くらいしか知らなかったのかもしれないといいます。「聞こえない人」としての父が見せた残りの半分を知ったとき、人生の見え方そのものが変わったそうです。
サイレントボイスが目指す未来について、「私たちが大きくなることよりもたくさんの選択肢がある世界が理想です。そしていずれ、僕ら(認定NPO法人サイレントボイス)がいなくなる世界がくればいいなと思っています。」と井戸上さんは話してくれました。同じような活動をするNPOや事業者が増え、子どもたちの選択肢が当たり前に広がっている世界。そのために今、行政を動かし、モデルをつくり、仲間を増やしています。

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「できない」「仕方ない」「かわいそう」──聞こえない人たちに向けられてきた古い思い込みを、サイレントボイスは変えようとしています。
「聞こえないからできない」という思い込みを取り除けば、社会の可能性はもっと広がるはず。「助ける・助けてもらう」の関係ではなく、「共にできる」へ。
聞こえる人と聞こえない人の架け橋として、サイレントボイスの挑戦は、これからも続きます。
井戸上勝一(いどうえ・しょういち)
1996年奈良県橿原市生まれ。ろう者の母と盲ろう者の父のもと育ったCODA(ろう者の両親を持つ耳の聞こえる子ども)。幼少期から身体感覚や文化の違いに触れて育つ。認定NPO法⼈ Silent Voice では事務局長として、オンライン教育事業「サークルオー」を中心にろう児・難聴児を対象とする教育事業の経営企画・事業開発に携わる。
認定NPO法人サイレントボイス
「デフ(ろう者)と聴者は、もっと良い関わり合いができる」という前提に立ち、社会のコミュニケーションを更新し続ける認定NPO。教育部門では、手話や多様なコミュニケーションの学びを通じて相互理解を育み、就労部門では、デフと聴者が共に働く環境づくりを支援している。
“できない”を前提に分けるのではなく、“共にできる”を増やす。その実践を通して、誰もが排除されない社会のあり方を提示している。
HP:https://silentvoice.org/


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