認定NPOパルシック18年の軌跡【上】──アジア10カ国、ガザから能登まで広がる「民際協力」

Photo by 伊藤 歩夢

【HOPEFULなひと】
「ホピアスの想い」をもとに、人類に希望を見いだし、持続可能で愛ある世界を目指して活動する人たちを紹介する「HOPEFULなひと」。今回お話を伺ったのは、特定非営利活動法人パルシック(PARCIC)(以下、パルシック)の専務理事・ロバーツ圭子(けいこ)さん、シリア担当の茅野友美(ちの・ともみ)さん、能登支援の新宅聡子(しんたく・さとこ)さん、そしてヨルダンからパレスチナ支援を行う駐在員の方の4名です。
パルシックは、「人と人が助け合い、支え合い、人間的で対等な関係を築く」をミッションに掲げています。災害や紛争で困難に陥った人びとが尊厳ある暮らしを取り戻すのを支え、対等な関係づくりを目指す団体です。
本記事は上下編でお届けします。【上】ではロバーツさんに、パルシックの思想や実践について、【下】ではパレスチナ、シリア、能登で活動する担当者の声を通して、その実像に迫ります。
国際情勢が不安定さを増す中、現場で人と人のつながりを通して支援を続ける人たちの情熱と実践を追いました。

支援ではなく、人同士の助け合いが「民際(みんさい)協力」

パルシック日本事務所にてインタビューに応じるロバーツさん

──まず、パルシックの専務理事・ロバーツさんに、団体の理念や活動内容、そしてご自身について伺いました。パルシックは前身団体から分離して2008年に創業された認定NPO法人で、これまで18年間、日本を含むアジア10カ国で活動を展開してきました。
そもそも「国際協力」ではなく「民際(みんさい)協力」とは、どのような活動なのでしょうか。

ロバーツさん 国際協力は「国」と「国」の協力という意味ですが、その「国」を「人」、つまり「民」に変えています。国境を越えた人と人、あなたと私の協力、助け合いという意味でつくった造語です。

どちらかがどちらかを助けるというより、お互いに助け合うことを実現するための活動で、特にアジアの国々で何か起こったときに駆けつけ、現地の人たちの生活者の目線で活動することを大切にしています。

一般的な国際協力というと、例えば災害時に日本が自衛隊を派遣して緊急援助する形が思い浮かぶかもしれません。
一方、私たちの特徴は、緊急支援をしながらも、その人たちが今後どんな暮らしをしたいのか、どんなリソースを持っているのかを知り、長期的に暮らしを立て直す視点を常に持っていることです。

災害・紛争などの困難にある人びとに対して、緊急支援・復興支援・経済自立支援を段階的に行う


これまで24年間、日本を含むアジア10カ国で活動を展開(パルシックより)

ロバーツさん ときに緊急支援や物資配布を行いながら、現地のニーズを丁寧に聞き取っています。その際に大切にしているのは、できるだけ現地の暮らしや経済につながる形で支援することです

例えばパレスチナでは、他国から単に物資を送るのではなく、現地で生産されたものを配れないかを考えます。それが人びとの収入にもつながるからです。こうした「生計」と「生活」の両方を大切にしています。

──なるほど。その場しのぎではなく、市民が元の暮らしに戻れるところまで見据えて活動する姿勢こそ、本質的な協力の形なのだと感じます。20年以上の活動を通じて、パルシックは世界にどんな影響を与えてきたと考えますか。

ロバーツさん 人と人との助け合いなので、例えば東ティモールのコーヒー生産者の方々と一緒に活動していると、日本で災害があったときに東ティモールから励ましの言葉や寄付が届いたりします。そういう、お互いに協力し合う関係が育ってきたと思います。
また、そこには「コーヒー」という商品があるので、フェアトレード(※)を通じた経済の関わり合いとしてのインパクトもあると確信しています。

(※)フェアトレード:生産者に対して適正な価格で継続的に取引を行い、公正な労働環境や生活の安定を支える仕組みです。単なる「支援」ではなく、消費者と生産者が対等な関係でつながり、持続可能な社会を目指す取り組み。

──いまではよく耳にする「フェアトレード」ですが、パルシックはコーヒーや紅茶をはじめ、かなり早い段階から取り組んでこられました。フェアトレードはどのような仕組みで成り立っているのでしょうか。

ロバーツさん 例えばコーヒーは、もう15年以上取引を続けています。単なる取引ではなく、顔の見えるビジネスパートナーとして協働する関係になっています。

近年は気候変動などの影響でコーヒー豆の価格が上がり、生産者が販売先を選ぶ時代になっていると感じますが、そんな中でも長年の信頼関係から私たちを選んでくれる。
そうした関係こそ、私たちが目指す、国境を越えた市民と市民が直接的で対等な協力関係を築く「民際協力」だと思っています。

もちろん、彼らに一番必要なのは収入や生計ですから、私たちもアンフェアにならないよう、常に対等な取引を心がけています。

コーヒーチェリーを収穫する生産者の女性(写真:パルシック)

──当たり前のようで、先進国と途上国の間でフェアトレードを実現するのは簡単ではありません。長年培ってきた信頼をもとに、お互いのニーズを満たしながらフェアな取引を続けているのですね。

ロバーツさん そうですね。そして私たちは、変化が生まれるべき最も大きな相手は日本で暮らす私たちだと思っています。消費者の考えが変わらない限り、社会も変わりません。
生産者は年々、より品質のよいコーヒーを作れるようになっています。

2011年、この仕事に就いてすぐ、1軒1軒、電話帳をめくってコーヒー屋さんに「東ティモールのコーヒーを使ってくれませんか」と営業の電話をかけていました。
でも当時は、「東ティモールは前に飲んで味が悪かったから……」という声がよくありました。今は生産者の努力のかいあって、品質がとても良く安定しているので、コーヒー屋さんをはじめ、消費者の皆さんが「東ティモールの豆は美味しい」と言ってくださいます。

現在は、焙煎屋さんやレストランチェーン、生協、成城石井などの小売店などでも、パルシックのコーヒーや紅茶を販売いただいています。

「美味しいから買う」が先で、支援という概念は皆さん初めは薄いと感じますし、それは後から気づくことでよいと思います。品質で勝負できているのがとても誇らしいですし、それこそがフェアトレードだと思います。

──パルシックはどのように東ティモールのコーヒー事業に入っていったのですか。

東ティモールには13の県があり、そのうち6県でコーヒーが栽培されている。そのなかでパルシックはアイナロ県のマウベシという地域と協働している。(写真:パルシック)

ロバーツさん 1999年、国連監視下での住民投票でポルトガルからの独立を目指した東ティモールは、インドネシア軍と民兵による暴行にさらされました。
パルシックは医薬品などを届ける緊急支援に駆けつけ、その後2002年から山間部の農民の生活を支えるコーヒー生産支援を開始しました。

当時、農民は昔ながらの素朴な方法で加工したコーヒーを仲買人や工場に売るしかなく、品質への意識もほとんどありませんでした。また、加工工場から出る汚水によって河川が汚染され、下流域の生活にも影響が出ていました。
そこでパルシックは、コーヒー農家が安定した収入を得ながら、暮らしや地域環境の改善に取り組めるよう、農家の声を反映した協同組合づくりに着手しました。

コーヒーの木は15~20年で収穫量のピークを迎えますが、東ティモールでは長年手入れがされず、樹齢30年を超える木も多く使われていました。収穫量は近隣国の6分の1程度と少なく、気候変動の影響でさらに不安定な状況でした。
コーヒー畑改善事業では、木の植え替えや土壌改良、剪定などを専門家とともに学びながら実践し、その技術を地域に広げる人材育成も進めています。

モデル農家での取り組みをもとに指導員を育て、農民から農民へと、地域全体へ技術を普及していくことで、コーヒー畑の再生を目指しています。
パルシック東ティモール事務所代表の伊藤の夢は、「生産者の子どもたちがコーヒー農家になりたいと思えること」。
収入の向上は大事な要素ですが、その他にも都市部でカフェを開き、バリスタを育成するほか、スタディツアーも実施しています。
日本の消費者が現地を訪れ、生産者に関心を寄せていることが伝わることで、自分たちの仕事の価値を実感し、誇りを持つきっかけにもなっているといいます。

東ティモール コーヒーの生産地を訪ねるツアー 2025での歓迎の様子(写真:パルシック)


フェアトレードを通じて築かれてきた、国境を越えた人と人との関係。それは平時の経済活動にとどまらず、困難な状況の中でも生きる人びとを支える土台となっています。
パルシックの「民際協力」は、日常の中で育まれる関係だけでなく、紛争や災害といった極限の状況においても、その姿勢が貫かれています。

では、その関係性は、いまなお戦争が続くパレスチナの現場で、どのように実践されているのでしょうか。

パレスチナ紛争下の緊急支援活動

──パルシックは、紛争や災害の地域に真っ先に入り、まず緊急支援を行うと聞いています。そこには、困難な場面も多いと想像しますがいかがでしょうか。

ロバーツさん そうですね。2023年10月にパレスチナで戦争が始まったとき、パルシックには日本人スタッフが2人ヨルダン川西岸に、ガザの中にも現地スタッフが6人いました。最初はとにかく、スタッフの生存確認に日々追われました。全員の無事が確認できてほっとしたのも束の間、現地スタッフは自分たちの安全も厳しい状況に置かれます。

それでも「何かできることをしたい」「支援がたくさん必要だから命がけで物資配布をしたい」と言うんです。やはり最大の課題は安全の確保です。それに、戦争の中で物価がどんどん上がり、いくらお金を送っても本当に小さなものしか買えない。
スタッフ一人の家に何人もの親戚が身を寄せ、1家族10人、15人で暮らすこともある。食費は月30万円を超え、給料では足りない。お金を送っても十分な支援が届かない、そのもどかしさがありました。

現地の人から「助かった」「忘れないでいてくれて嬉しい」と言ってもらえる一方で、私たちのやっていることは、火に水滴を垂らすような、ハチドリの一滴のような感覚でもありました。あれが最も困難だった一つです。

──課題の中の課題のような現実に日々向き合いながら、それでも続けられるのはなぜなのでしょうか。

久しぶりにみんなで協力しながら、戦争前の日常であったチーズ作りを行う女性たち(写真:パルシック活動レポート2024

ロバーツさん 戦争が続く中で、私たちは絶対に諦めてはいけないと思うんです現地にもたらすインパクトは小さいかもしれない。でも、日本の消費者や市民に伝えることで、状況が変わるかもしれないし、仲間がひとりでも増えるかもしれない。 そう意識しています。

パルシックの特徴は「生活者・市民の目線」です。今このガザの悲惨な状況の中で、爆撃が落ちる、子どもが泣く、家が壊れる、そんな映像が思い浮かぶと思います。でも、そのような中でも生活を営んでいる人たちがいて、生活や収入、家族のことを考えながら生きています。
パルシックは戦争前からパレスチナで、羊を配布し、女性たちが搾乳してチーズをつくるなど、生計手段を広げる活動をしていました。

紛争の中で、羊を連れて逃げている人たちがたくさんいるそうです。戦争が終わったあと、羊はこれからの生活を支える財産になる。お腹が空いているのだから、絞めて食べる選択もあるはずです。それでも殺さず、一緒に連れて逃げる。将来の希望につなげていく姿です。
私たちはそんな人びとを応援したいし、ガザでの生活者の目線を日本に伝えることが、パルシックの役割だと信じています。

爆音によるストレスや栄養不足が続き、雌羊が妊娠することは難しい。それでも農家は精一杯健康管理を続け、子羊が誕生した(写真:パルシック活動レポート2025

──この活動を通じて、これからどんな社会を実現したいですか。

ロバーツさん 今、私たちの目の前にあるのは紛争です。
紛争は人が起こしているものなので、止めるのも人だと思います。多くの人を巻き込み、社会を変えていける力にしたいです。

人災が終われば、自然災害や環境破壊など、人類が取り組まなければいけない課題はたくさんあります。本来なら、みんなの知恵や知識、経験をつなげれば何かできるはずなのに、今はそれどころではない現実がある。だからこそ、それらを解決に向けて集中できる社会になるといいなと思っています。

2025年1月には、パレスチナ西岸からデーツを輸入しました。個人のお客様が1個、2個と買ってくださり、取引先の生協では特集を組んでくださり、あっという間に完売しました。

「美味しかったからまた買いたい」「友達にも渡したい」——そんな声とともに広がっていったんです。パレスチナや社会課題に対して何かしたいと思っている人の思いを、購入という形で行動に変えられる。

寄付には不安やハードルを感じる人もいると思いますが、現地のものをフェアトレードで買うという形でのつながりの機会を提供できているのかなと感じました。
日本の人たちが求めていたものの、ひとつの受け皿になっているのかもしれません。

パルシックのオンラインショップで販売しているパレスチナ産 マジョール・デーツ(写真左:パルシック)

国境を越えた人と人、あなたと私の協力、助け合いという形で広がり場所によって根付きはじめている民際協力。
他の国の人とも隣人のように関わり合うことができる可能性を見ることができます。


次回、「認定NPOパルシック18年の軌跡──ガザ・シリア・能登、現場で見た「支え合い」のリアル【下】」では、パレスチナ、能登からは現場にいる駐在員の方からのインタビュー、シリアは東京事務所の茅野さん、からお話しを伺います。

■ フェアトレード商品について:パルシックでは、東ティモールのコーヒーや紅茶、パレスチナのデーツなど、各地の生産者とともにフェアトレード商品を展開しています。
▶ フェアトレード商品はこちら:https://parmarche.com

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