「声が届く政治」はつくれるか──デジタル民主主義とブロードリスニングの現在地

政府や行政に意見を届けたいと思っても、「どこに、どう伝えればいいのか分からない」。選挙で一票を投じても、「その後に自分の声がどう扱われたのか見えない」。そもそも、日々の暮らしに追われ、声を上げる余裕がない人もいる。
民主主義は、私たちの意思を社会のルールに反映する仕組みのはずだ。それなのに、政治が遠いと感じられるのはなぜだろう。
政治は、国会で交わされる難しい議論だけではない。子どもが受けられる医療、近所の公共施設、日々の働き方、身近な税金。私たちの毎日は、政治や行政が決める多くのルールとつながっている。
こうした問いに、デジタル技術やAIを使って向き合おうとする人たちがいる。
2026年8月2日、慶應義塾大学三田キャンパスで「デジタル民主主義サミット2026」が開かれた。政治家、行政職員、研究者、経営者、NPOなど、立場の異なる人々が集まり、市民の声を政治や行政に生かす方法について議論した。今回は、ホピアスが参加したセッションの一部を紹介する。
デジタル民主主義とは、インターネットやAIなどを使い、より多くの人が政策づくりや社会のルールを決める過程に参加できるようにする考え方や実践を指す。会場では計18のセッションが開かれ、その中心的なテーマの一つが「ブロードリスニング」だった。

「声の大きさ」ではなく、「声の中身」を見る
学校や職場の話し合いを思い浮かべてほしい。発言するのは、いつも同じ人。手を挙げなかった人が何を考えていたのかは分からないまま、話が進んでいく。政治や行政でも、似たことが起きやすい。
アンケートは、多くの人の賛否や傾向を数字で把握することに向いている。一方、「なぜそう思うのか」「選択肢にはなかったが、本当は何に困っているのか」といった声の奥行きまでは捉えにくい。
ブロードリスニングは、多様な市民の意見を広く集め、AIなどを使って整理・可視化し、意思決定に役立てようとする取り組みだ。いわば、大きな「デジタル意見箱」に寄せられた声を、AIが論点ごとに仕分けし、共通点や見過ごされていた問題を見つける仕組みである。

大切なのは、単に多数派を決めることではない。これまで政治の議題になっていなかった困りごとや、数字の陰に隠れていた理由を見つけることにある。
12万6,000人の声を、政策へ
初回のセッション「国政からみるブロードリスニングの実践」では、自由民主党、国民民主党、公明党、日本維新の会、チームみらいから国会議員らが登壇。各党の取り組みと、実践を通じて見えてきた課題を共有した。
自由民主党の川崎ひでと衆議院議員は、同党が「テクノロジーを使ったブロードリスニング」に出遅れてきたと率直に語った。国会議員や地方議員が足で声を聞いてきたという自負が、デジタル活用への慎重さにもつながっていたという。
そこで党内有志で、政策づくりにテクノロジーを取り入れる研究会を立ち上げた。プラットフォームで声を集め、AIで論点を分析・整理する。さらに、過去の議論をデータベース化し、選挙によって議員が入れ替わるたびに、同じ議論が繰り返される「先祖返り」を防ぐことも目指している。
国民民主党の伊藤孝恵参議院議員は、活用法を大きく3つに整理した。幅広い意見を集めること、特定の課題を深く掘ること、そして自分たちが見落としている論点を見つけることだ。集めた声は分析され、政府への提言や国会での質問にも活用されているという。

公明党は、2025年の参議院選挙時に政策立案アンケート「We connect」を実施した。若者や現役世代を中心に、12万6,000人を超える声が寄せられ、AIなどで整理したうえで重点政策に反映された。
一方で、大量の意見を最終的に5分野6項目の政策へまとめる過程では、すべての声に応えることのできない難しさもあったという。たくさん聞けば、自動的に正解が出るわけではない。何を残し、何を優先するのかという判断は、最後まで人に委ねられる。

日本維新の会は、衆議院選挙のマニフェストをめぐるX上の投稿を分析した。目立った声の1つは、食料品の消費税減税をめぐる財源への懸念だった。
単に「減税に賛成か、反対か」と尋ねるだけでは、「賛成だが、将来世代への負担は心配だ」という複雑な気持ちはこぼれ落ちる。自由に書かれた意見を広く集めることで、賛否の間にある迷いや条件まで見えてくる。ブロードリスニングの価値の一端は、まさにそこにある。
AIが質問する「逆向きのインタビュー」
チームみらいの安野貴博参議院議員は、デジタル民主主義を「聞く・磨く・動かす・伝える」という循環で説明した。
同党が活用している「AIインタビュー」では、人がAIに質問するのではなく、AIが人に問いかける。「なぜ、そう思ったのですか」「どのような点が不安ですか」と質問を重ね、本人もまだ言葉にできていなかった考えを掘り下げていく。

たとえば、新しい法案について「なんとなく不安」と感じていても、その理由を一から文章にするのは簡単ではない。「何が不安なのか」「どのような影響が心配なのか」とAIが問い返すことで、本人もまだ整理できていなかった考えが、少しずつ言葉になっていく。
もちろん、一人の聞き手が行う丁寧なインタビューほど、深く掘り下げられない。ただAIであれば、大勢の参加者に並行して質問を重ね、単なるアンケートの集計ではこぼれ落ちる理由や条件まで集められる。安野さんは、一人ひとりへの聞き取りの深さでは人に及ばなくても、これまで聞ききれなかった数の声を、一定の深さまで掘り下げられることが大きな利点だと説明した。
寄せられた意見から論点を見つけ、政策を磨き、国会で動かし、その結果を市民へ伝える。「聞く・磨く・動かす・伝える」という循環をつくり、声を届ける入口から、政治が応えた結果を返す出口までをつなげようとする試みがすでに実践されている。

それでも、聞こえない声を考える
期待が高まる一方、会場では懸念点も率直に語られた。
ブロードリスニングに参加する人は、自ら回答しようと思った人に偏る。そのため、「賛成意見が多かったから、社会全体でも賛成が多い」と結論づけることはできない。見つけた論点を、社会全体の傾向を調べる世論調査などと組み合わせて考える必要がある。
さらに難しいのは、声を上げられない人の存在だ。生活が苦しく、声を上げる余裕のない人。政治に何を言っても変わらないと諦めている人。ブロードリスニングという名の「デジタル意見箱」を置くだけで、こうした声まで自然に集まるわけではない。
対面で話を聞くことや、無作為に選んだ人へ参加を呼びかけること、安心して話せる場をつくること。デジタルと人による働きかけを組み合わせなければ、「幅広く聞く」という目的そのものが形だけになってしまう。
技術を入れるだけでは、民主主義は変わらない
分科会では、株式会社Liquitousの栗本拓幸代表が、自治体での実践を紹介した。テーマは、デジタル民主主義への「過信」と「諦め」だった。

過信とは、「優れたツールを導入すれば、市民参加が自然に進む」という期待。諦めとは、「声を集めても、どうせ政策は変わらない」という見方である。
栗本さんは、必要なのは過信でも諦めでもなく、政策をつくる過程そのものを変えることだと強調した。
パブリックコメント(※)は、計画が8~9割固まった段階で実施されることが多いという。その時点で意見を寄せても、大きな変更は難しい。そこで、論点を整理している早い段階から市民に情報を開き、意見を募る。
大事なのは、新しいツールを入れることではない。誰が参加できるのか。集めた声を、どの段階で、どのように政策へ反映するのか。そして、その後どう返事をするのか。参加の流れ全体を設計することにある。
また、技術そのものも完全に中立とはいえない。どの意見を目立たせるか、AIがどのように要約するか、ボタンをどこに置くか。小さな設計の一つひとつに価値判断が含まれる。だからこそ、「何のために使うのか」「誰の権利を守るのか」を問い続ける必要があると発信する。
(※)パブリックコメント(意見公募手続)とは、国や地方自治体などの行政機関が、新しい政令、省令、条例、または重要な計画などを決める前に、その案を広く一般に公表し、一般の人から意見や情報を募集する手続きのこと
民主主義を前進させるのは、私たち一人ひとりだ
デジタル民主主義サミットに集まったのは、政治家だけではなかった。政治家、行政職員、研究者、経営者、NPOなど、普段は異なる場所にいる人たちが、同じ問いを囲んだ。
本イベントを主催する慶應義塾大学特任教授の鈴木健さんは、「とにかくたくさんの人が集まり、デジタル民主主義についてさまざまな課題を共有して、また一年、一歩進んでいこうという機運を高められたら」と語った。

安野貴博さんも、デジタル民主主義をテーマにこれだけ多くの人が集まる場は珍しいとしたうえで、様々な所属や属性の方が一堂に会したことに触れ、「新しいつながりがいろいろ生まれそうな場」だと期待を寄せた。

市民の声を、これまでより広く、深く聞く。大量の意見から、見落としていた問題を見つけ、政策につなげる。そんな実践が始まっている。どの声を聞き、何を決め、その理由をどう返すのか。その責任を担うのは、政治家や行政、そして社会をつくる私たちだ。
民主主義は、数年に一度の投票で終わらない。暮らしの困りごとを言葉にし、互いの違いを知り、社会のルールを時代に合わせていく営みである。
「声が届く政治」をつくるのは、技術だけではない。
希望ある民主主義は、これまで聞こえなかった声に耳を澄まし、その声から社会を動かそうとする人々の姿勢から生まれるのではないだろうか。

デジタル民主主義サミット
デジタル民主主義サミットは、「みんなで創る、民主主義の未来。」を掲げ、AIやデジタル技術を活用した新しい市民参加や政策づくりを考えるイベント。政治家、自治体、研究者、エンジニアなど、多様な立場の人々が集まり、実践事例や課題を共有する。
2026年は慶應義塾大学 三田キャンパスで開催。ブロードリスニングやAIを活用した政策形成など、デジタル時代の民主主義の可能性について議論が行われた。
https://summit.dd2030.org/


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