困っている人がいたら、助けるのは当たり前──イスラムと日本をつなぐマスジド(モスク)大塚

「アッサラーム・アライクム」
マスジド大塚を訪れると、誰もがそう挨拶を交わします。日本語にするとき「こんにちは」と訳されることもありますが、本来の意味は「あなたがたの上に平安がありますように」。
世界中のムスリム(イスラム教徒)が、国や言葉の違いを超えて交わすこの挨拶には、相手の幸せや平和を願う気持ちが込められています。
「モスク(マスジド)」と聞いて、多くの日本人が思い浮かべるのは、「イスラム教徒が礼拝をする場所」ではないでしょうか。
東京都豊島区にあるマスジド大塚も、1日5回の礼拝を行う信仰の場です。しかし、そこで営まれているのは礼拝だけではありません。生活に困った人への食料提供、炊き出し、災害支援、教育、難民支援、そして異なる宗教や地域の人々との交流。モスクは、人々の暮らしを支えるコミュニティセンターとしての役割も担っています。
ホピアスでは、人類に希望を見いだし、持続可能で愛ある世界を目指して行動する人々を紹介する企画「HOPEFULなひと」を展開しています。今回は、信仰や文化の違いを超えて人々に手を差し伸べ、地域のなかで助け合いを実践する、マスジド大塚の人々を訪ねました。
7月下旬、イスラムの文化や考え方を学ぶイベント「Discover Islam(ディスカバー・イスラム)」がマスジド大塚で開催。その後、場所を移し、マスジド大塚が毎月参加している生活困窮者への炊き出しも行われました。
モスクでの学びや支援の現場から見えてきたのは、人を助けることが特別な行為ではなく、日々の暮らしや信仰の中に根付いていることでした。
なぜ、こうした助け合いが自然に続いているのでしょうか。マスジド大塚の活動と、そこに集う人々の声から、ムスリムが大切にしている価値観に触れ、宗教や文化が異なる人々が同じ地域で共に生きるためのヒントを探ります。
日本で初めて目にした、路上で暮らす人たち
マスジド大塚を運営する宗教法人日本イスラーム文化センターの事務局長クレイシ・ハールーンさんは、パキスタンの第二の都市ラホール出身。
1991年、留学生として日本にやってきました。
来日当初、クレイシさんが衝撃を受けたことのひとつが、路上で生活する人の姿でした。
パキスタンにも貧しい人はいました。しかし、身近に食事に困っている人がいれば、親族や近所の誰かが食べ物を提供するのが当たり前の社会で、クレイシさん自身も、父親が困っている人を家に招き、母親が食事を作る姿を見て育ちました。
自分も余裕のなかった留学生時代から、食事を少し多めに作り、必要とする人に渡していたといいます。
それはクレイシさんにとって「特別な社会貢献」ではなく、目の前に困っている人がいれば手を差し伸べる、という日常の延長だったのです。

留学を終えた1995年にはパキスタンに帰国するつもりでしたが、その当時の東京には、ムスリムが日常的に集まって礼拝できる場所がほとんどありませんでした。
仲間から「日本で社会貢献するために頑張ろう」と声をかけられ、父親に相談すると、こう背中を押されたそうです。
「家族のいる国へ帰るより、せっかく身につけた日本語を使って、日本にいるムスリムのために働く方が、神様も喜ばれるのではないか」
信仰を持つ人の生き方として、「全ては神のために。神が喜んでくださることを行う」という考え方があります。クレイシさんは父のアドバイスに従って日本に残り、仲間とともに池袋の賃貸物件を借りて簡易的な礼拝の場(ムサッラー )をつくりました。
その後、集まる信者が増え、そこも手狭になったことから、現在の大塚の中古物件を購入し、1999年にマスジド大塚を開設しました。
「助けない」という選択肢がない
クレイシさん自身は建設・農業機械などを海外へ輸出する貿易業を営みながら、マスジドの活動を続けてきました。
イスラム教では、困っている人がいると知り、自分に助ける力がありながら何もしないことは、神の教えに反すると考えられています。
一定以上の財産を持つ人が、その一部を困窮者などに分かち合う社会的な仕組みもあります。単なる善意任せではなく、富を社会に循環させることが信仰の中に組み込まれていて、多くの社会で実践されているのです。
日本イスラーム文化センターで総務を務める中村和義さんは、イスラム教を「生き方の指針そのもの」と話します。

掃除をすること。約束の時間を守ること。困っている人を助けること。一見、宗教とは関係ないように見える日常の行為も、神を意識して行えば信仰の実践になるというのです。
クレイシさんと中村さんは、「人を助けても相手からの見返りは求めません」と話します。
大きな見返りは神から与えられると信じているからです。現世で積み重ねた善い行いは、来世において、最後には自分自身にも返ってくる。こうした考え方が、人を助けるという行為を日常の中で支えています。だからこそ、彼らは人を助けることを自己犠牲や献身として大げさに語りません。
「困っている人がいたら、助けるのは当たり前」
その言葉どおり、必要なことを、できる範囲で淡々と続けているのです。
善い行いが、人から人へつながっていく
マスジド大塚では、ホームレス支援団体と協力し、定期的に炊き出しを行っています。
活動を支えるのは、マスジドのメンバーだけではありません。食材を寄付する人、調理や弁当詰めを手伝う人、大学生や地域のボランティアなど、さまざまな人が関わっています。

この炊き出しとは別に、食事を取れずにマスジドを訪ねてくる人には、「フードチケット」を渡すこともあります。近隣の協力店でチケットを出せば、食事を提供してもらえる仕組みです。

本来は店側がマスジドへチケット分の代金(千円)を請求し、精算することになっています。しかしクレイシさんによると、実際には代金を請求しない店がほとんどだといいます。そのため、どの店で何枚のチケットが使われたのか、正確には把握できていません。
また、マスジド大塚に寄せられる情報では、チケットを持って訪れた人に、通常よりも量を増やして食事を提供する店もあるそうです。マスジドだけでなく、地域の店もそれぞれの形で支援に関わっています。
次にいつ食べられるか分からないかもしれない。そんな相手の事情を、店側も想像しているのかもしれません。
「仮に毎日、チケットを求めて来る人がいたら、どうするのですか」
そう尋ねると、クレイシさんは即座に答えました。
「毎日食べるものがないなら、5キロのお米を渡します」
一食を渡して終わりではなく、その人が今、何を必要としているのかを考えているのです。
食材を提供する人、寄付をする人、地域の店、ボランティア、そして支援を必要とする人。マスジド大塚は、さまざまな人や資源を結びつけ、善い行いが人から人へ連鎖し地域の中で助け合いが生まれる一つの拠点となっています。
一緒に動くことで、「知らない人」ではなくなった
マスジド大塚が現在の場所に開設した当初、地域の反応は必ずしも温かいものばかりではありませんでした。
その関係性が大きく変わるきっかけとなったのが、2011年の東日本大震災でした。
マスジドのメンバーは発災翌日からトラックに食材などの支援物資を積み込んで被災地へ向かい、その後も大塚と現地を何度も往復して炊き出しを続けていました。



被災地での活動の様子(提供:マスジド大塚)
当初は食事としてカレーを提供していましたが、活動を続けるなかで、被災者から「おにぎりや味噌汁が食べたい」という声が聞かれるようになりました。けれども、外国出身のメンバーを中心とするマスジドでは、数百人分のおにぎりを作る方法が分かりませんでした。
そこでクレイシさんは大塚地域の日本人に協力を求めました。
一緒に米を炊き、おにぎりを握り、食事を届ける。その共同作業を通じて、互いの距離が少しずつ縮まっていったのだと振り返ります。

活動に参加してくれた年配の方からは、「あなたたちも同じ人間なんだと分かった」と言われたそう。
開設当初は「この建物の前を通るのも怖かった」とか「建物の中に武器を隠しているのではないかと思っていた」などの発言を聞いて、クレイシさんの方がビックリしたそうです。
お互いの宗教や文化について、すべてを理解してから協力したわけではないでしょう。目の前に困っている人がいて、自分たちにできることを一緒にしただけ。その経験が、「よく分からない外国人」だった人たちを、同じ地域で暮らす仲間へと変えていったのです。
現在、マスジド大塚は地域のお祭りにも参加し、キリスト教会や仏教寺院とも交流や支援活動を一緒に行っています。



信じるものや、善い行いをする理由や考え方はそれぞれ異なっているかもしれません。
それでも、困っている人を助けたいという思いは、多くの人々が共有できるものです。マスジド大塚のあゆみは、そうした思いを起点に行動することが、国や宗教、文化の違いを超えて、共に生きていく可能性を示しています。
違いを認めながら、手を取り合う
中村さんは、イスラムでは世界のすべての人々を神の前の「大家族のような存在」と捉える考え方があると説明します。
冒頭で紹介した「アッサラーム・アライクム」という挨拶についても、中村さんは「世界中どこへ行っても、この言葉でムスリム同士はつながることができます」と話してくれました。

もちろん、同じ地域で暮らしていても、宗教や民族、使う言葉はそれぞれ違います。違いをなくし、全員が同じになることが共生ではありません。
違いがあることを認めながら、必要なときには力を貸す。
一緒に食べ、一緒に働き、話をする。その積み重ねによって、人は「知らない誰か」から「隣人」へと変わっていくのではないでしょうか。
マスジド大塚がこれから目指すのは、何かまったく新しい活動を始めることではありません。
「これまでやってきたことをこれからも続けます。」と言うクレイシさん。

そのうえで、全国のモスクや若い世代、大学、地域、異なる宗教の人々とのつながりを広げ、よりよい活動・支援を届けていきたいといいます。
それは華々しい言葉ではありません。
けれど、目の前の一人を助ける行動が人から人へとつながって、かつて知らないがゆえに怖がられていた場所が、地域の人々と力を合わせる場所に変わっていきました。
金子みすゞの詩にある「みんな違って、みんないい」という言葉は、多くの人が子どもの頃から知っています。けれど、大人になった私たちは、その言葉を日々の暮らしの中でどれほど実践できているでしょうか。
違いをなくすのではなく、違いを認めながら手を取り合う。
マスジド大塚の歩みは、その言葉を地域の中で実践してきた姿にも見えました。
その確信こそ、マスジド大塚から私たちが受け取れる「希望」なのではないでしょうか。
日本イスラーム文化センター/マスジド大塚
マスジド大塚では、さまざまな国や地域の文化・料理に触れる夕食交流会など、一般の人が参加できるイベントも開催しています。開催情報は公式サイトをご確認ください。
https://islam.or.jp/about-us/


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