認定NPOパルシック18年の軌跡【下】──ガザ・シリア・能登、現場で見た「支え合い」のリアル

「認定NPOパルシック18年の軌跡【上】──アジア10カ国、ガザから能登まで広がる「民際協力」では、専務理事・ロバーツ圭子さんに、パルシックの思想と実践について伺いました。【下】では、その理念が実際の現場でどのように形になっているのかを見ていきます。
いまも戦争が続くガザ。紛争後の再建が続くシリア。そして、震災からの復興の途上にある能登。
まったく異なる状況の中で、人びとは何に向き合い、どう生きているのか。パルシックの現場で活動する担当者たちの言葉から、その実像に迫ります。
パレスチナの現場インタビュー:「生きる」を諦めない、命をつなぐ人びと
パルシックは2014年のガザ侵攻を契機に緊急支援を開始し、現在も支援を続けています。
今回は、ヨルダン川西岸の現地事務所に所属する日本人駐在スタッフに、オンラインでインタビューを実施。
日本から約9,000キロ、時差は夏時間で7時間。遠く離れた場所をつなぎ、いま現場で起きていることを伺いました。
──パルシックでは、現在ガザでどのような支援を行っていますか?
駐在スタッフ 私はパレスチナ事業、特にガザ事業を担当しておりまして、現在は緊急避難中のアンマンから遠隔で事業管理や事業形成を行っています。具体的には、ガザ地区にパレスチナ人の直接雇用スタッフが3名おり、そのほかにも食料配布などの緊急支援を行う現地パートナー団体がありますので、そうした団体と協力しながら、今回の事態が発生して以降、緊急支援や生計向上支援を中心に活動してきました。
戦闘が始まってから、食料や衣料品などの緊急物資の配付を中心に、そのための事業予算の作成や申請書の作成、そしてそれがきちんと実行されているかのモニタリングやコーディネーションを行っています。
具体的なガザでの活動としては、食料配付がメインです。命を繋ぐあらゆる食料が不足していますので、予算と照らし合わせながら、できる限り質が良く、栄養価の高い食料バスケットを送れるように日々尽力しています。

駐在スタッフ ガザでは、食料支援は単なる緊急支援以上の意味を持っています。それは国境を越えた市民同士の連帯の象徴であり、人びとの命を守る支えであり、危機の中で基本的な生活を少しでも維持しようとする家族にとっての命綱でもあります。
終わりの見えない未曾有の人道危機の中で、最低限の「食べる」という尊厳を守る重要な支えとなっています。
それ以外にも、外務省の助成金でガザ地区の畜産事業を以前から行っており、その事業の担当でもあります。戦争中も継続できるよう、現地スタッフと協力しながら支援を続けている状況です。

──停戦合意が報じられる一方で、ガザの暮らしは依然として厳しい状況が続いていますか?
駐在スタッフ 停戦後も、状況は全く改善していません。現在もイスラエル軍によるドローン攻撃やミサイル、ランダムシューティング(乱射)、といった散発的な攻撃が続き、市民の安全は確保されていません。
唯一の変化は、食料トラックが以前より入るようになったことです。ただ本来必要な量には遠く及ばず、1日1食が1.5〜2食に増えた程度です。一方で衛生環境は悪化し、感染症も拡大しています。ガザは11月から3月頃まで寒い雨季が続き、大雨や暴風でテントが流されても新たな資材が入らない状況が続いています。
原因は明確で、物資の搬入が制限されていることです。何千台ものトラックが待機していても、検問所の開閉や物資搬入の可否の最終的な判断はイスラエル次第です。
現場から見ていても、彼らがガザ市民を生きさせないようにしていることは、この2年半で非常にはっきり見えてきています。
──では、こうした状況の中で人びとはどのように生きているのでしょうか。
駐在スタッフ 希望はないと思います。将来を考える余裕は全くなく、「今日ご飯を食べられるか」が現実です。
家族が無事であれば集まってわずかな食料を口にし、何とか日々をつないでいますが、市民全体に心理的ケアが必要な状態です。
──わずかでも何か変化はありますか?
駐在スタッフ 停戦後、教育の機会は少し戻ってきました。学校は破壊されていますが、テントなどで1日3時間や5時間の学びの場が部分的につくられています。
以前は完全に生存維持すれすれ状態でしたから、それは一つの変化です。
ガザでは、若者たちが小さな子どもたちの心理ケアを担う場面も増えています。
実年齢よりずっと達観していて、青少年は、本来自分たちも誰かに頼りたい立場なのに、幼稚園児や小学生くらいの子どもたちの心のケアをしている姿も多く見られます。
──ガザの子どもたちはどのように日々を暮らしているのでしょうか?
駐在スタッフ 空爆が日常化し、「怖くない」という子どももいます。親を亡くした子どもが現在、5万8,000人いると言われています。※1
※1:ガザにおける孤児の定義は日本と異なり、父親が亡くなり母親が残っている世帯の子どもも「孤児」に含まれる

(写真:パルシック活動レポート2025)
駐在スタッフ そうした男性世帯主を失った子どもたちに対しては、現地の支援団体が食料配付配布や心のケアを行っていますし、親族が引き取って一緒に避難生活を続けるケースも多いです。
心理的なトラウマも大きく集中できない、暴力的になるなど、さまざまな影響がありますが、それでも今まで汚れたテントの中にずっといた子どもたちが、少し外に出て、他の子どもたちと同じ空間にいることには、教育そのものだけでなく、副次的な意味があると感じています。
また、子どもも重い役割を担っています。水を汲むために何時間も歩き、電気を得るために長時間待つ。それだけで一日が終わります。本来なら簡単なことに、膨大な時間と労力がかかっています。

──日本にいる私たちは、何ができるのでしょうか。
駐在スタッフ 関心を持ち続けてほしいです。戦闘開始から2年以上が経ち、関心は確実に薄れています。でも、知ること、触れ続けることが大切です。デーツの購入、イベント参加、映画鑑賞。そうした小さな接点を持ち続けることが、つながりになります。※2
これは政治の問題で、すぐに解決するものではありません。だからこそ、何が起きているのか、その背景を学び続けることが必要だと思っています。
私たちも外部から専門家を招いて、パレスチナの歴史やコンテクストについて学ぶオンライン会などを実施してきました。今後も可能な限り行っていきたいと思っていますので、そうしたパルシックのイベントにもぜひ参加していただけたら嬉しいです。
※2:具体的な支援の方法URLは本稿最後に掲載
──この活動を支えているものは何でしょうか。
駐在スタッフ 諦めないことです。ガザの人びと自身が、生きることを諦めていません。これだけ極限状態でも何とか命をつなごうとしています。
市民の心はもちろんボロボロですが、それでも命をつなごうとしている。その姿勢を見ていると、私たちも何があっても諦めてはいけないと思います。状況は引き続き厳しいですが、できる限りの緊急支援を続けていくことに集中したいと思っています。
彼らは限られた資源を徹底的に使い、生き延びる術を見出しています。例えば、プラスチックごみを燃やして火を起こすなど、どんな資源も無駄にしません。子どもたちを生き延びさせるために、使えるものはすべて使う。その姿勢から学ぶことは多いです。
──非常に厳しい状況の中で、日々難しい問題に直面しながら活動されていると思います。最後に、ご自身を支えている信念のようなものがあれば教えてください。

駐在スタッフ 信念というほど大きなものではないのですが、もともと不条理に苦しむ子どもを支える仕事がしたいという思いがありました。
子どもたちは生まれる環境を選べません。
不条理の中で命や生活がおびやかされている子どもたちのために何かできれば、というのが大学生の頃からの目標で、それから10年ほど経って、今ここにいるという感覚です。
ガザの支援を続けている一番の理由は、現地の人びとが諦めていないことです。
彼らは本当に勤勉で、どんな状況でも生きようともがき苦しんでいます。その姿を見ると、安全な場所にいる自分がやらない理由はないと感じます。

生きることがこれほどまでに困難な場所があるのかと、言葉を失ってしまいます。
紛争の中で日常をつなぎ、「生きることを諦めない」人びとの姿に、胸を打たれました。
その現実を前にすると、無力さを感じたり、どこかで目を逸らしたくなってしまう自分もいます。 それでも、遠くの出来事として切り離さずに、関心を持ち続けることには意味があるのではないかと思います。
現場で活動する人たちは、厳しい状況の中でも、目の前の現実に向き合いながら動き続けています。
そしてこの「人と人が支え合う力」は、紛争の現場だけでなく、さまざまな場所で形を変えながら現れています。
次に、シリア、そして能登での取り組みを通して、その姿を見ていきます。
シリアで続く復興支援

パルシックは2011年に始まったシリア内戦の直後から支援を続けています。現在も農業や生計支援など、地域の暮らしを支える活動を行っています。
シリア担当の茅野(ちの)さんにお話しを伺いました。
──現在、茅野さんはシリアをご担当とのことですが、現地ではどのようなことが起きているのでしょうか。
茅野さん シリアでは「アラブの春」を発端に2011年に紛争が始まり、国内外に避難した人は1,400万人以上にのぼります。2024年12月にアサド政権が崩壊しましたが、それによってすべてが良くなったわけではありません。特に農村部では、インフラの破壊や電力不足が続いており、避難先から戻っても家が壊れたまま、仕事もないという状況です。そうした中で、どう暮らしを立て直すかに多くの人が苦労しています。
一方で、「もう一度やり直したい」という思いは強く持っています。
ただ、その手段がない。そこで私たちは、農業であれば種や肥料の提供、気候変動に対応した研修などを行い、1年間伴走しながら収穫と販売につなげています。
そこから収入を得たり、コミュニティ内での助け合いが再び生まれることを目指しています。

(写真:パルシック活動レポート2025)
──シリアでは農業支援を中心に活動されているのですね。
茅野さん はい。もともと2018年から活動しており、アサド政権時代から続けています。現地にはダマスカス在住のシリア人スタッフが2名おり、提携団体と連携しながら実施しています。最近では農業だけでなく、小規模ビジネスの支援も行っています。例えば酪農をしていた方には家畜を提供し、乳製品を作って販売するなど、生計を立て直す取り組みです。
──現地の人びとの暮らしは、少しずつ回復してきているのでしょうか。
茅野さん 完全に回復しているわけではありませんが、少しずつ前に進んでいる部分もあります。例えば、避難先で厳しい生活を送っていた方が、自分の家に戻り、自分の手で生活を立て直せていることに喜びを感じている、という声もあります。
また、ソーラーパネルのビジネスがうまくいっている方が、学校や困窮する家庭にソーラーパネルを無償で提供するなど、地域への還元も見られます。
シリアは助け合いの文化が強い国だと感じています。

──今後、どのように関わっていきたいと考えていますか。
茅野さん シリアはもともと農業大国で、小麦やオリーブなどの生産が盛んでした。
今後は農業の復興だけでなく、販路の拡大にも関わっていきたいと考えています。安定した市場があれば、生活の再建にもつながるためです。例えば、オリーブオイルなど、日本でも馴染みのある農産品を紹介できるような取り組みができればと思っています。

茅野さん また、シリアはニュースで取り上げられる機会が少ないですが、発信すると関心を持ってくださる方も多くいます。実際に、レバノンに避難しているシリアの子どもたちへの越冬支援では、多くの方がクラウドファンディングで寄付をしてくださいました。
現地の方からも、「日本の皆さんの気持ちが何より嬉しい」と言っていただきました。離れていても、想いでつながることはできると感じています。
今後もイベントやクラウドファンディング、SNSなどを通じて発信を続けていきたいと思っています。
紛争のあとに残るのは、そこから続いていく人びとの暮らしです。シリアで見てきたのは、「その後」を生きる人たちの現実です。そしてそれは、日本においても同じです。 災害は一瞬で起きますが、暮らしを取り戻す時間は、その何倍も長く続きます。
能登半島で、いまなお、その時間の中にいる人たちがいるのです。
能登半島現場インタビュー:災害の現場で生まれるつながり

パルシックは海外だけでなく、日本国内の災害支援にも取り組んでいます。2024年1月の能登半島地震では、発災直後から駐在員を派遣し、現地での支援活動を行っています。
石川県出身の新宅(しんたく)さんは、震災後「何か関わりたい」という思いから2025年にパルシックに入職し、11月より能登に赴任。現地での活動に取り組んでいます。
──能登町でどのような活動をされていますか?
新宅さん 町が所有していた健康福祉施設の一部を借り、常設のコミュニティースペース「なごみ」を運営しています。週5日の食堂運営を中心に、ワークショップやイベント、運動スペースの開放、和室での健康体操やクラフトサークルなど、地域の方々が集える場を提供しています。

──「なごみ」はどのような場所になっていますか?
新宅さん この1年で地域に定着し、毎日来てくださる常連の方もいます。近所の方がお茶をしに来たり、運動スペースを使ったりと、それぞれが自分の居場所として利用されています。また、ここを通じて新しいつながりも生まれています。
飲食店が少ない地域でもあるため、「ここができて良かった」「自分の栄養源だ」と言ってくださる方も多く、日常の一部になりつつあります。
──そもそも、なぜ常設の居場所を作ることになったのでしょうか。
新宅さん 発災直後は避難所を回り、物資配布などの支援を行っていました。
避難所から仮設住宅へ移行する中で、被災状況や住環境の差によって、地域コミュニティが分断されつつあると感じていました。
また、「滞在する場所がない。なごみを復活してほしい。」といった声を聞き、被災し使えなくなっていた健康福祉施設「なごみ」の一部を町から借り、人が集まり、安心して過ごせる常設の場所として、約1年前から「なごみ」の運営を始めました。
──現在、どのような課題を感じていますか?
新宅さん 1つは、親子への支援です。もともと高齢化と過疎が進んでいた地域ですが、震災によって人口流出がさらに加速しました。特に子どもを持つ家庭にとっては、遊び場の減少などもあり、「住み続けるのが難しい」と考えがちな状況になっています。
実際に、未就学児を持つ母親からは、預かり保育の利用条件が厳しく、就業状況や時間に細かな制約があるといった壁が語られました。働き手を増やし、人口流出を防ぐ必要がある中で、親の負担を軽減しやすい制度への課題を感じています。
もう一つは心理面です。地震や豪雨によって、建物だけでなく人の心にも大きな影響が残っています。普段は明るく振る舞っていても、家の修復が進まない、仕事が立て直せない、人手不足で負担が増えているなど、それぞれが心の重荷を抱えています。
そうした状態が長く続くことで、心が折れてしまうリスクがあります。
一人ひとり状況が異なるからこそ、画一的な支援ではなく、日常の中で話を聞き、ほっとできる時間をつくることが大切だと感じています。

──活動を通して感じた、大切だと感じたことはありますか?
新宅さん 「前を向く意味を見つけること」です。つらい現実そのものは変えられなくても、そこに何を見出すかで、人のあり方は変わるのだと思います。
例えば、子ども食堂を手伝ってくださっている高齢の女性がいます。その方は地震で家が全壊し、生き埋めになりましたが、近所の方に助けられました。
その経験から「地域に恩返しがしたい」と、毎回手伝いに来てくれるー。人に支えられた経験が、前を向く力になる。人はつながりの中で生きる意味を見出していくのだと実感しています。

──現場で感じる変化はありますか?
新宅さん 「自分たちも何かしよう」と動き出す人が増えていることです。
助けてもらった経験をもとに劇団をつくり、寸劇でメッセージを伝える活動が生まれたり。そうした動きに触れるたびに、人の力やつながりの強さを感じます。
私自身、日々さまざまな出来事や課題に向き合う中で、大変なこともありますが、「なごみ」で出会う人たちとのつながりに、癒されたり励まされたりすることも多い──。人同士が支え合う中にこそ、人間らしい暮らしがあるのだと体験しています。
「なごみ」は、失われた日常を少しずつ取り戻し、誰かと不安や悩みを分かち合える場所です。何気ない会話や同じ時間を過ごすことが、人の心をほどき、もう一度前を向く力を生み出していきます。
人と人が助け合い、支え合い、人間的で対等な関係を築く
ガザ、シリア、能登。 それぞれの現場は、まったく異なる状況にあります。
ガザでは、いまも戦争が続き、「生きること」そのものが脅かされています。 必要なのは、食料や医療といった、人としての尊厳を守るための支援です。そしてその中にも生活の回復と自立への芽を見出そうとしています。世界各国のNGOが現地に関わり、今この瞬間も、懸命に支援を届け続けています。
シリアでは、紛争は一つの区切りを迎えましたが、暮らしの再建はまだ途上です。壊れた日常を少しずつ立て直しながら、生きる力を取り戻していく段階にあります。その中で、自分の生活だけでなく、地域へ還元しようとする人も現れています。
能登では、震災から時間が経ち、暮らすこと自体はできるようになってきました。それでも、失われた家や仕事、そしてコミュニティを取り戻すことは簡単ではありません。だからこそ、人が支え合い、安心やよろこびを感じられる場所の存在が、今、強く求められています。
場所も状況も違う中で、共通していたのは、「人と人が支え合う」ということでした。
「人と人が助け合い、支え合い、人間的で対等な関係を築く。」
この混沌とした時代において、パルシックが掲げるこのミッションは、戦争や災害の現場にとどまらず、私たち人類がこれから進むべき希望の道筋なのかもしれません。

(左からシリア担当茅野さん、ホピアス栁澤、専務理事のロバーツさん/Photo by 伊藤 歩夢)
特定非営利活動法人パルシック(PARCIC)
「人と人が助け合い、支え合い、対等な関係を築く」ことを理念に掲げる民際協力団体。2002年の設立以来、アジアを中心に災害・紛争地域での緊急支援から生活再建、フェアトレード事業まで一貫して取り組んできた。単なる支援にとどまらず、現地の人びとと共に生きる「民際協力」を実践し、持続可能な暮らしと人と人のつながりを育んでいる。
■ フェアトレード商品について:
パルシックでは、東ティモールのコーヒーや紅茶、パレスチナのデーツなど、各地の生産者とともにフェアトレード商品を展開しています。
フェアトレードショップ「パルマルシェ」:https://parmarche.com

■ 寄付・支援について
災害・紛争などで困難にある人びとが尊厳のある暮らしを取り戻すための活動に寄付で参加しませんか?(パルシックは東京都から認定を受けた認定NPO法人です。パルシックへのご寄付は寄付金控除の対象となります。)
寄付・支援についてはこちら:https://www.parcic.org/support/


※コメントは最大500文字、3回まで送信できます