“平和”をつくる仕事に挑む。国際文化会館・長川さんのインパクトキャリア

「平和」を仕事にすることはできるのか。
そして、それは現実的なキャリアの選択肢になり得るのか。
前回に続き、PFIとホピアスの共創企画として、「社会課題起点のキャリア」における意思決定のプロセスをひも解いていきます。
第1回では、PFI代表・平井さんに、「社会課題起点のキャリア(インパクトキャリア)」という考え方と、それを広げるために立ち上げたPFIの取り組みについて伺いました。

本シリーズでは、実際にその領域でキャリアを築いている人たちのリアルな意思決定に焦点を当てます。
見えにくかった「キャリアの思考プロセス」を可視化し、社会課題領域をより現実的な選択肢として捉え直すこと。
そして、再現性のあるキャリアの道筋を示すことで、エコシステムの広がりにつなげることを目指しています。
今回お話を伺ったのは、「東アジアの和解」をテーマに活動を続ける長川美里(ながかわ・みさと)さん。
IT企業、ビジネススクール、非営利団体、大学講師——。
複数の領域を横断しながら、“平和”というテーマを仕事にしてきた長川さんのキャリアを追いました。
こんな方に読んでほしい
- 学生時代は特定の社会課題に取り組んでいたが、現在は企業など課題の外側で経験を積んでいる方
- 現職で一定の成果を上げてきたが、次のステップとしてより社会的意義のある仕事に関わりたい方
- 社会課題領域に関心はあるものの、選択肢や報酬、キャリアの見通しが見えず踏み出せていない方
- 現役の学生や、すぐに転職を考えているわけではない社会人など、将来に向けて情報収集したい方
長川美里(ながかわ・みさと)さんのプロフィール
東京大学公共政策大学院CAMPUS Asia(公共政策修士)、北京大学国際関係学院(国際関係学修士)。大学院修了後、日系IT会社にてSAPコンサルタントとしてインドネシアのプロジェクトに参画後、NPO法人にて国際会議の企画・運営を経て、グロービスの法人部門、経営大学院にて英語MBA生向けのTechnovate、Asia、Japanにおける特別プログラム・テクノベート特別クラスの企画・担当、チームリーダーを務め、2026年2月より現職。また、2022年より武蔵大学非常勤講師。世界経済フォーラムより組織されるグローバルな若者のコミュニティにてDavos 50の選出(2023)、社会教育団体Wake Up Japanの副代表理事、日中韓三国協力事務局Trilateral Youth Exchange Networkコアメンバー兼メンター。2024年より上智大学博士後期課程Global Studies在籍。Business Insider主催の社会課題に取り組むZ世代・ミレニアル世代の才能や取り組みを表彰するビヨンド・ミレニアルズ受賞(2025)。

平和活動への原体験

──長川さんの人生のテーマとなっている「東アジアの和解」の原点について教えていただけますか。
長川さん 一番大きいのは高校時代にアメリカに留学したことです。特別に平和に貢献しようと思っていたわけではないのですが、留学先で出会った人たちが中国、韓国、モンゴル、台湾など東アジアの人たちでした。
当時は日本の教育しか受けていなかったので歴史や政治の知識も深くなく、ただ普通に友達として一年間を過ごしました。その体験がとても大きかったです。その後、大学に入って少し知識が増えていく中で違和感を感じるようになりました。
普通に友達だった人たちが、歴史の文脈で距離を感じる存在として語られているのです。
また、日本が戦争の被害を受けた側だという認識はありましたが、加害の側面についてほとんど知らなかった自分にも気づき、後悔の気持ちもありました。
大学2年のときに参加した国連協会主催の「日中韓ユース・フォーラム」で、中国の参加者が「東アジアは近くて遠い」と話していたのが強く印象に残っています。
戦後60年以上が経ってもなお、その認識が変わっていないことに衝撃を受け、「自分たちの世代で変えなければいけない」と決意しました。
この経験が、「東アジアの和解」を人生のテーマとして捉えるきっかけになりました。

──その後、さらに体験を深めた出来事はありますか。
長川さん 東京大学公共政策大学院の「CAMPUS Asia」というプログラムに一期生として入学しました。東京大学、ソウル大学、北京大学で学びながら東大と北京大で修士号を取得し、東アジアの現地で平和について考える機会を得ました。
その中でも特に印象に残っているのが、中国で元慰安婦の方にお話を伺った経験です。日本人が当事者に会いに行くこと自体が難しい状況でしたが、どうしても直接お話を聞きたいと思い、現地の記者の方に連絡を取り、山西省で活動されている方をご紹介いただき、日中韓の学生たちとともに現地を訪れ、お話を伺いました。
そこで聞いたのは、元慰安婦の方が差別を受け続けてきたこと、そしてその後、自ら命を絶たれたという事実。
一方でお話を伺った当事者の方は私たちに帰りがけひまわりの種をくれるなど、歴史としてではなく、「一人の人」としてその痛みと在り方に触れた瞬間でした。
慰安婦だったお母さんを自殺で亡くした娘さんは、私たちにこう語ってくださいました。
「母親が子どもに愛情を渡すように、次世代へ平和を受け継いでほしい」と。
想像を絶する傷を抱えながらも、次の世代に希望を託そうとするその言葉の重さに、強く心を打たれました。
この経験を通して、「自分たちの世代で和解を進めていかなければならない」と決意しました。
傷ついている人がいるのであれば、その人のそばに寄り添いたい。そこに国や政治、宗教といった枠組みは関係ない。この体験を通して、自分なりの軸がはっきりと形になりました。
平和をキャリアへ。その第一歩
──平和への軸を持ちながら、社会人への一歩を踏み出すわけですが、最初に就職したのはどちらですか?
長川さん 大学院修了後、最初に就職したのは、NTTデータ グローバルソリューションズです。
当時は将来、国連職員として働きたいと考えていたので、文系の自分に何が必要かを考えたときに、国際関係の知識に加えてITのスキルが重要だと思い、この分野で就職活動をしていました。
入社後は、ソフトウェアのITコンサルタントとして、構想想定から導入、運用保守までを一貫して担当する仕事でした。インドネシアのプロジェクトにも参加し、海外出張も経験しました。
ただ、就職した2016年は、ドナルド・トランプが大統領に就任した年でもありました。
国際関係を学んできた身として、予想外のリーダーが国際社会の中心に立ったことに驚きと不安を感じ、「このままでいいのか」という思いが一気に強くなりました。そして、その日のうちに退職の意思を伝えました。
──トランプ氏の就任がきっかけで退職というのは、かなり大きな決断ですね。
長川さん 自分にとっては自然な行動でした。それまでも、平和に関わる仕事をしたいという思いはずっとあったので、キャリアチェンジに踏み切る背中を押された出来事だったと思います。
その後、非営利団体で仕事をした後、予期せぬ出来事があり退職することになり、2ヶ月間色々と考えたり就職活動をする中で、大手転職サイトの紹介で株式会社グロービスを紹介してもらい、面接に進みました。
グロービスからは法人向け人材コンサルタントのポジションを提示いただきました。企業の人材育成を通じて日本のリーダーが変われば、社会が変わる。その先に東アジアにも影響を与えられるのではないかと考え、入社を決めました。
面接では、自分の人生のテーマである「東アジアの和解」や、平和構築に関わりたいという思いをすべて率直に伝えました。
それを真摯に受け止め、当時ほぼ第二新卒だった私に内定を出してくださったことには、当時はグロービスが新卒の採用を行っていなかったことを考えると、今でも感謝しています。それが2017年のことです。
グロービスで鍛えた経験とスキル、そして自信

──長川さんの熱意と行動力が新たな仕事につながったんですね。
長川さん 当時は経験もスキルもなかったけれど、いつも自分のミッションが中心にあって、自然と行動をしていましたね。
入社後は3年間、法人向けの人材育成コンサルタントとして働きました。企業の経営課題を起点に人材育成の戦略を設計し、研修の企画から実行まで伴走する仕事です。この経験を通して、課題を構造的に捉え、解決に導く力を鍛えることができました。
もともとグローバルやアジアへの関心が強かったため、3年後には英語MBAプログラムのポジションに異動させていただきました。そこではTechnovate、Asia、Japanの領域で、海外とのパートナーシップやや英語MBA特別プログラムを担当し、中国のMBAスクールである中国欧州国際工商学院(CEIBS)(※1)との提携プログラムなどにも関わりました。
(※1)中国欧州国際工商学院(CEIBS ):1994年に中国政府と欧州連合(EU)が共同設立した国際的なビジネススクール。上海を拠点に、北京・深圳・チューリッヒ・アクラにもキャンパスを展開しています。「中国の深みと世界の広がり」を掲げ、MBAやEMBAなど多様なプログラムを提供。EMBAは世界トップクラス、MBAはアジア首位の評価を受けるなど、グローバルに活躍するリーダー育成で高い評価を得ています。

長川さん コロナの影響で私が担当する海外の特別プログラムが止まってしまい苦しい時期もありましたが、再開後に中国の学生が日本に来て、文化の違いを乗り越えて、楽しそうに日本で学んでいる姿を見たときに、社会が開かれ、人と人が出会うことの大切さを改めて深く実感しました。
一方で、文化や価値観の違いによる摩擦も経験しました。
例えば、授業を受ける姿勢やクラス内のルールです。グロービスで求められる学びのスタイルと、中国のMBAスクールで学生たちが前提としてきた学び方には、それぞれの育った環境や文化の違いがありました。
私たちからすると「非常識」に感じることでも、中国の学生たちにとっては自然な行動であることもあります。
最初は驚きと戸惑いを感じましたが、よく考えてみれば、事前に互いの認識を共有していれば防げたことでもありました。摩擦が起きた際には、学生や学校関係者と丁寧に対話を重ねました。その結果、互いへの理解が深まり、関係性もより良いものになっていったように感じています。
この経験から、違いは対立や前提の押しつけではなく、対話によって理解に変えられること、そして実際に会い、関わり続けることの重要性を強く感じました。
この時の教訓が今の仕事にもつながっています。また、ビジネススクールという環境もあり、デジタルやテクノロジー分野にも携わり、サイバーセキュリティの科目を新たに立ち上げるなど、さまざまな挑戦をさせていただきました。とても充実した8年間でした。
ついに平和事業ど真ん中を仕事に

──国際文化会館へ転職をした経緯を教えてください。
長川さん 2026年の2月に転職しました。きっかけは、大学院終了後に、現在の国際文化会館と合併したシンクタンク(※2)でインターンをしていたことです。その後も関係者とのつながりがあり、外部委託で日米韓国民相互認識調査(※3)の仕事を副業として行っていました。
日本・韓国・アメリカの世論調査を担当する中で、自分が社会の現状を「可視化する側」に立てたことに大きな手応えを感じました。すべてがポジティブな結果ではありませんでしたが、こうした調査が人々の意識や行動につながる可能性を実感し、この領域で働きたいと思うようになりました。
調査は8月に実施し、終戦記念日に近い時期だったこともあり、人々の感情や認識が反映されやすいタイミングで実施できたのも特徴的でした。特に印象に残っているのは、排外主義に関する設問で、外国人の受け入れに対して抵抗感を示す回答が多かったことに強い危機感を覚えました。同時に、この仕事に携わることで平和構築により深く関われると確信しました。
その後、日本と東アジアの次世代リーダー育成を目的とした人材育成プログラム「LEAP(Leaders in East Asia for Peace)」プログラムの専任スタッフを探しているという話をいただき、自分のやりたいことに直結していると感じて応募しました。
グロービスでの仕事も好きだったので迷いはありましたが、このプログラムが国際文化会館評議員でもあるドイツ人のクリス・ブリュンガー氏によって支えられ、東アジアの平和のために資金が投じられていると知り、「これはやるべきだ」と感じました。実際にブリュンガー氏にお会いし、その熱意に共感できたことも、最終的な決断につながりました。
(※2)シンクタンク:政治・経済・社会など幅広い分野の課題を調査・研究し、政策提言や分析を行う研究機関です。客観的な視点から社会の課題解決や企業・行政の意思決定を支える役割を担っています。
(※3)日米韓国民相互認識調査:日本・米国・韓国のシンクタンク(国際文化会館、EAI、KEI)が共同で実施した国際世論調査です。2025年に共通の質問票を作成し、各国でオンライン調査を実施。国別イメージ、経済・社会政策、安全保障などに対する認識を比較分析し、3か国の相互理解や政策対話に資するデータを収集しています。総回答数は約4,100件にのぼります。

──現在のお仕事について教えてください。
長川さん 現在は、国際世論調査と人材育成プログラムの企画・運営が主な業務です。例えば、韓国のシンクタンクに日本から研究者を派遣するLEAP海外フェローシップを3月より始動させました。今後は、同じスキームでプログラムの設計から関係各所との調整までを担い、東アジア各国への展開を予定しています。
フェローは公開選抜で、若手・中堅の研究者で平和に資する意志があれば応募できます。
国境を越えて人材をつなぎ、関係性を築いていくことがこの仕事の核です。
──シンクタンクに平和構築を軸にした人材が入っていくというのは珍しいのですか。
長川さん 現在在籍している国際文化会館は、1952年に文化・知的交流を通じて国際相互理解の増進をはかることを目的に設立された組織で、当初より平和構築を目指しておりましたが、数年前にシンクタンク事業も合併し、その機能を引き継ぎました。
市民活動としての平和活動はイメージしやすい一方で、シンクタンクと平和、人材交流を組み合わせた取り組みは、まだ一般的ではありません。
しかし私は、国際文化会館が掲げる「多様な世界との知的対話、政策研究、文化交流を促進し、自由で、開かれた、持続可能な未来をつくることに貢献する」というミッションに、大きな可能性を感じています。
だからこそ、そこに資金を投じる人がいること自体にも希望を持っています。一人でもそうした思いを持つ人がいるなら、これからもっと増えていくはずですし、その輪を広げていくことが重要だと思っています。
──求められるスキルはどのようなものでしょうか。
長川さん プロジェクトマネジメント力ですね。国をまたいでさまざまな組織や関係者と連携しながらプロジェクトを進めるため、全体を設計し、動かしていく力が求められます。
──やりがいはどこにありますか。
長川さん やはり「人が動くこと」に尽きると思います。これまでも人と人が出会う場をつくることに取り組んできましたが、それをより大きなスケールで実現できている感覚があります。
韓国に派遣した研究者の方と現地を訪れた際も、シンクタンク同士の関係が少しずつ築かれていくのを実感しました。
まだ始めたばかりで課題も多いですが、その仕組みを一つひとつ設計していくことにやりがいを感じています。今後、他の国にも展開していく中で、この取り組みが広がっていくことに大きな可能性を感じています。
平和を仕事にするための情報源

──最初は情報や人脈が限られていたと思いますが、そこからどのように機会やつながりを広げていったのでしょうか?
長川さん 私が求めている人や情報が入ってくるようになったのは、グローバルシェイパーズ(※4)に入ってからだと思います。世界の若手リーダーが集まる代表的なコミュニティの一つです。
特に横浜ハブに所属してから、多くの機会や人との出会いがありました。大学院の同期に誘われたことがきっかけで参加し、2018年から2023年まで活動しました。横浜ハブの代表や北東アジアの代表も務め、ダボス会議にも参加する機会をいただきました(※5)。
ここでの経験を通じて、「自分にも何かできる」という感覚を持てたことが大きかったです。
(※4)グローバルシェイパーズ:ダボス会議で知られる世界経済フォーラムが設立した、20〜30代の若手リーダーによる国際ネットワークです。世界各地の都市に「ハブ」を持ち、社会課題の解決や地域活動に取り組みながら、国境を越えた交流や協働を行います。次世代のリーダー育成とグローバルな課題解決への参画を目的としたコミュニティです。横浜ハブの公式サイト:https://gsc-yokohama.com/home
(※5)長川さんは2023年にDavos 50に選出。Davos 50は、世界経済フォーラムが主導するコミュニティの中でも、特に影響力や貢献が評価されたメンバーを選出した枠組みである。ダボス会議(年次総会)など国際的な場での議論形成に関わることが期待される、次世代リーダー層の一つとされている。
キャリアは「テーマ」で選ぶ

──キャリアチェンジをしてきた中で、どのような軸で仕事を選んできたのでしょうか。
長川さん ずっと一貫しているのは「東アジアの和解」です。
東アジアに住む人々の感情を良くしたい、日本・中国・韓国の人たちがどうすればより良い関係を築けるのか、それだけを考えてきました。
そのために「今の自分に何が必要か」「何ができるか」を基準に選択してきました。
キャリアの途中でも、Wake Up Japan(※6)での活動を続けていましたし、博士課程に進むことも視野に入れていました。
(※6)一般社団法人Wake Up Japan:人が社会に影響を与える力=「自分のパワー」への認識を高めることを目的とした社会教育団体。日本において主体的な行動を起こす人を増やすため、啓発教育を軸に、対話型プログラムやワークショップ、国際交流などの活動を展開しています。若者を中心に、社会課題への関心と行動をつなぐ人材育成に取り組んでいます。
年収とキャリアのリアル
──“平和”を軸にキャリアを築く上で、難しさを感じることはありますか?
長川さん キャリアを説明するのは難しいですね。好きなことをやること自体はそこまで難しくないと思っていますが、それをどうやって実現していくのか、周囲に伝えるのが難しいと感じています。
また、平和や東アジアに関わることも、人生の中に取り入れること自体はそれほど難しくありません。生活は今の収入で安定しています。
一方で、この分野だけで高収入を得るのは、日本ではまだ簡単ではないと感じています。実際に国際文化会館へ転職した際には年収が下がりましたが、大学での仕事も継続することで、全体としての収入バランスを保っています。
大切なのは、「自分が疲弊しないライン」を見極めることだと思います。
条件交渉も含めて、自分が納得できる働き方を設計することが重要です。副業が認められる環境も増えてきているので、やりたいことと生活を両立させる選択肢は広がっていると感じています。
キャリアアップと責任
──キャリアを重ねる中で、仕事への責任感や向き合い方に変化はありましたか?
長川さん はい。意思決定に関わる機会が増え、自分の判断に責任を持つ場面が増えました。
特に今は、東アジア各国への展開など、難しい状況の中でもプロジェクトを進めていく必要があります。簡単に諦めないこと、やり続ける責任を強く感じています。
また、役職やポジションも一定の意味を持つと感じています。自分の判断に自信を持てるようになるだけでなく、周囲からの信頼にもつながるからです。
“社会課題を仕事にする” 長川さんの3つのヒント
① 迷ったら、足を使って会いに行く
長川さん 自分の興味のある分野に進むことは前提ですが、最終的には「誰と働くか」がとても重要だと思っています。
私が最初に入った会社でも、最終面接で社長に「将来は国連で働きたい」と伝えたときに、「面白いね」と言ってくれたんです。その一言で、「この人のもとで働きたい」と思いました。グロービスでも、社会をどうしたいのかという問いを真剣に受け止めてくれる人がいて、この人たちと働きたいと感じました。国際文化会館でも同様に、関わってきた方々や出資者の方への共感が決め手になっています。
結局は「人」だと思います。実際に会って話してみないとわからないので、迷ったら足を使って会いに行くことが大事です。
② 常識より、自分の感覚を信じる
長川さん 日本ではよく「まず企業で数年経験してから非営利へ」と言われますが、それがすべてではないと思っています。実際には、NPOやNGO、シンクタンクまで視野を広げると選択肢は思っている以上にあります。それでも「3年経ってから」という空気があるのは、単なる慣習に過ぎないと感じています。
私自身も、グロービスという中途採用中心の環境にほぼ新卒で入りましたし、「前例がない」ことでも、やってみれば道は開けると実感しています。
一度の不合格で選択肢を狭める必要もありません。 例えば私も希望する財団に就活当時落ちましたが、それ以外にも挑戦できる場所はいくらでもあったと後から気づきました。
「やってみたい」と思うなら、まずは挑戦してみること。 その感覚を大事にしてほしいと思います。
③ 好きなことに、まずは片足を入れる
長川さん 最初から仕事にしようと考えないことが大切だと思います。まずは人生の一部として関わってみること。ボランティアでも、人と話すだけでもいいと思います。
私自身も、NPOの活動をボランティアで続けていたことがきっかけで、武蔵大学の非常勤講師の機会をいただきました。その経験があったからこそ、キャリアの選択肢が広がり、収入面のバランスも取れるようになりました。
好きで関わっていたことが、後から仕事につながることは少なくありません。 だからこそ、「お金になるかどうか」は後で考えればいい。
まずは片足を入れてみる。その行動が、思わぬ出会いやチャンスにつながっていくと思います。
隣の国同士、互いに親しみを感じられる関係へ

──最後に、長川さんの目指す平和の形を教えてください。
長川さん 意見の違いや対立そのものは、決して悪いことではないと思っています。違いがあることは自然なことですし、むしろ健全な状態だとも思います。
そのうえで、私が目指している平和は「あらゆる暴力がないこと」、つまり戦争が起きない状態です。
もう少し具体的に言うと、東アジアにおいて、人々がお互いに親しみを感じられる関係性が当たり前になることです。例えば内閣府の世論調査では「中国や韓国に親しみを感じますか」という問いに対して、まだ半数程度、あるいはそれ以下という結果が出ています。
でも、同じ地域に暮らし、日本の中にも多くの中国や韓国の方がいる中で、「親しみを感じない」という状態は本来おかしいし、社会問題だと思うんです。
同じ社会を構成する一員として、互いに距離を感じたままでいること自体が不自然だと感じています。
だからこそ、私にとっての東アジアの平和は、国や立場の違いを超えて、「隣人として自然に親しみを感じられる関係」をつくることに尽きます。
「毎日が、東アジアに囲まれる人生が良い」

今年のはじめ、長川さんは、国際文化会館のLEAP ディレクターとして、東アジアの平和の架け橋となる人材プログラムの出張の一環で韓国を訪れていました。
現地では、韓国初の民間資本100%の銀行である新韓銀行の創設者・イ・ヒゴン氏に関する博物館も訪問。在日の方々の歴史や、日韓友好への思いが展示されている場所で、長川さん自身もフェロー(特別研究員)として団体と共著で本も出版しています。
展示を見ていた時、思い浮かんだのが、中国との友好のために私財を投じ、Bai Xian Asia Instituteを創設したロナルド・チャオ氏でした。長川さん自身も、北京大学への留学時に同財団の奨学金に支えられていたといいます。
「これまで自分は、東アジアの友好を願う人たちの思いによって支えられ、生かされてきた。」
そのことを改めて実感した瞬間でした。
「 『自分は東アジアの架け橋になれる気がする』 という感覚は、間違いではなかったのかもしれません」
一方で、自身について「決して完璧ではない」とも語ります。
英語と日本語には自信がある一方、中国語や韓国語はまだ道半ば。それでも、「東アジアが好き」という気持ちは変わらない。だからこそ、同じように社会課題や東アジアに関心を持つ人たちに、こう伝えたいと話します。
「完璧じゃなくてもいい。関心があるなら、まずは口に出してみてほしい」
最後に、長川さんはこんな言葉を残してくれました。
「毎日が、東アジアに囲まれる人生が良いです」
食べ物、会話、SNS、聞こえてくる言葉。日常のどこかに、東アジアが自然に存在していること。
それは長川さんにとって、“平和が日常にある状態”なのかもしれません。
「インパクトキャリア」を、共に描くために
私たちホピアスは、社会課題を起点にしたキャリアを、より現実的な選択肢として社会に広げていきたいというPFIの想いに共感し、本企画を共創しています。
今後も、PFIを通じて転職・就職した方々や、インパクトキャリアの最前線で活動する方々へのインタビューを連載形式でお届けしていきます。
「社会課題」と「仕事」をどうつなげていくのか。
そのリアルな意思決定や実践を通して、「インパクトキャリア」という選択肢を、みなさんと共に考えていけたらと思っています。
ぜひ率直なご意見やご感想をお聞かせください。
株式会社Professionals For Impact(プロフェッショナルフォーインパクト)
LinkedIn:https://www.linkedin.com/company/professionals-for-impact
Facebook:https://www.facebook.com/professionalsforimpact
※本記事は、ホピアスの「共創記事」としてお届けしています。共創記事とは、ホピアスの理念に共感いただいた企業・団体・個人の支援を受け、ともにつくる記事です。なお、共創にあたっては、各団体・個人の活動がホピアスの理念や編集方針に沿うかを事前に確認しています。詳細はこちら


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