外資金融、駐日英国大使館を経て国際NGO日本代表へ。世界の資本を気候変動対策へ動かす渡邊有美子さん

Photo by 伊藤歩夢

世界の分断、気候危機、貧困、紛争。

世界は今、複雑で解きにくい社会課題を同時に抱える時代に入っています。一方で、その課題に挑む人材は、圧倒的に不足しています。Professionals For Impact(PFI)とホピアスの共創企画では、社会課題を起点にキャリアを築いてきたプロフェッショナルたちの転機と意思決定をひも解きます。社会課題に取り組む仕事を、一部の特別な人だけのものではなく、現実的なキャリアの選択肢として捉え直すシリーズです。

第5回に登場するのは、気候変動対策に向けた国際的な資金動員を主導する国際NGOクライメート・ボンド・イニシアチブ(Climate Bonds Initiative、以下、Climate Bonds)の日本統括責任者を務める渡邊有美子(わたなべ・ゆみこ)さんです。

この記事でわかること

  • 国際NGOトップへの道のり
  • 組織の看板を、自分自身の専門性へ変える方法
  • キャリアの「波」に乗るための日頃の準備

学生時代は外交官を志しながらも、若いうちから実力を磨ける環境を求めて新卒で外資系金融へ。世界有数のグローバル金融グループであるシティグループ(Citigroup Inc.)で約20年間、金融市場と公共部門の最前線を経験した後、駐日英国大使館を経て、国際NGOへと活動の場を移しました。

現在は政府、金融機関、企業をつなぎ、科学的根拠に基づく基準や政策対話を通じて、世界の資本を信頼性の高い気候変動対策へ動かす仕事に取り組んでいます。
外資系金融、外交、政策、そして国際NGOの日本代表へ。一見、順風満帆に見えるキャリアの裏には、女性がキャリアを築くことの難しさや、利益を追い続けることへの葛藤、そして「組織の肩書を離れたとき、自分にはどんな専門性が残るのか」という問いがありました。

迷いや制約に向き合いながら、渡邊さんは、培ってきた専門性と人脈を自分自身の強みへと変えてきました。その歩みと、一つひとつの出会いを次の機会につなげる姿勢から、キャリアの転機をつかむためのヒントと、社会を動かすインパクトキャリアの可能性をひも解きます。

渡邊有美子(わたなべ・ゆみこ)さんプロフィール

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世界の資本を、気候変動対策へ動かす

──渡邊さんが日本統括責任者を務めるClimate Bondsは、どのような団体なのでしょうか。

渡邊さん 気候変動対策を進めるには、再生可能エネルギーの導入や、工場・航空機などの脱炭素化に多額の資金が必要です。優れた技術があっても、必要な場所に資金が届かなければ、社会に広げることはできません。

Climate Bondsは、世界の資金を、科学的根拠に基づく実効性のある気候変動対策へと振り向けることを目指す国際NGOです。2009年に設立され、現在は世界11カ国に約150人のメンバーを擁しています。

環境改善に役立つ事業の資金調達を支える「グリーンボンド」や、鉄鋼、化学、航空など、脱炭素化が難しい産業の移行を支える「トランジションファイナンス」、さらには気候変動への適応や災害に強い社会の構築を支える「レジリエンスファイナンス」など、幅広い分野で市場形成に取り組んでいます。

Climate Bondsは設立以来、科学的根拠に基づく国際基準や認証制度の整備、市場調査、政府への政策提言を通じて、サステナブル債券市場(※1)の発展を支えてきました。Climate Bondsが追跡する市場は、2025年末時点で累計8.1兆ドルに達し、そのうち6.8兆ドルがClimate Bondsの基準に整合していると評価されています。

Climate Bondsの大きな役割は、「どの事業なら、本当に脱炭素化につながるのか」を判断するための科学的根拠に基づいた国際的な基準をつくることです。

共通の基準があることで、投資家や金融機関は、気候変動対策に実際に貢献する事業を見極めやすくなります。企業にとっても、脱炭素化に必要な資金を調達しやすくなります。

ただし、基準をつくるだけでは、社会は変わりません。Climate Bondsは政府、企業、金融機関、投資家と対話し、各国の政策や産業構造に合った形で、国際基準を実際の制度や投資へつなげています。

私の役割は、日本市場をどう動かすかという戦略を立て、実行することです。政府との政策対話や、金融機関・企業とのプロジェクト、海外投資家との連携を通じて、日本の脱炭素化や気候変動への適応・レジリエンスの強化に必要な資金が、実際の投資へとつながる仕組みづくりに取り組んでいます。

(※1)サステナブル債券市場

環境・社会課題の解決につながる事業や成果と結びつけて発行される債券の市場です。2030年までに国連の持続可能な開発目標(SDGs)を達成するには、現在の投資の流れを倍にし、毎年5兆~7兆USドルの資金が必要であり、持続可能な社会の実現のためには金融は重要な役割を果たすと言われています。出典

Photo by 伊藤歩夢
提供:ゼロクラブ

三菱地所が2024年10月に東京・大手町に開設した、日本初の気候テック特化型インキュベーション施設「0 Club(ゼロクラブ)」にClimate Bondsは東京オフィスを構えている

Climate Bonds ジャパンチームのメンバー、中央は共同創業者兼CEOのショーン・キドニー氏

──こうした仕事は、NGOだからこそできるのでしょうか。

渡邊さん NGOという立場だからこそ果たせる役割があると思います。

特定の企業や政府の利益に左右されない独立した第三者機関として、中立的な立場から政府、企業、金融機関と協働できることがClimate Bondsの大きな強みです。

これまで60カ国以上で、環境に貢献する経済活動を分類する「タクソノミー」の設計などに助言してきました。タクソノミーとは、どのような経済活動が環境面で持続可能かを、科学的根拠に基づいて分類・整理した基準です。企業や金融機関、投資家が、資金を向ける事業の環境適格性を判断する「共通言語」として活用されています。

秘密保持契約を結び、政府の制度づくりを表に出ない形で支えることもあります。政府が目指す政策の方向性と、金融市場が求める投資基準や資金調達の仕組みをつなぎ、実効性のある制度へと落とし込む。その橋渡しを担えることが、Climate Bondsのような国際NGOの重要な役割だと考えています。

89カ国の子どもたちと過ごした原点。外交官志望から金融の世界へ

──渡邊さんは、幼少期の多くを海外で過ごされたそうですね。

アメリカのニューヨークで幼少期を過ごした渡邊さん

渡邊さん 日本で生まれ、父の仕事の関係で2歳から6歳までアメリカで過ごしました。小学校1年生から3年生までは日本に戻り、4年生から高校卒業まではウィーンで過ごしました。

通っていたのは、国連ウィーン事務局の隣にあるウィーン・インターナショナル・スクールです。89カ国もの子どもたちが集まっていて、まるで「ミニ外交官」の集まりのような環境でした。例えば、湾岸戦争が起きれば、同級生の国や家族にも直接影響が及びます。毎年、世界の平和と安全、人権の尊重、持続可能な開発(SDGs)など、国連の目的を再確認する「国連の日」もありました。世界で起きている出来事が、単なる教科書の中の話ではなく、友人たちの人生と直接つながっていたんです。

父は、航空交渉や羽田空港の国際化などに携わる仕事をしていました。自宅には頻繁に海外からの客人が訪れ、多いときには週に3回ほど会食が開かれていました。父が何か重要な仕事をしていることは分かる。でも、航空交渉や空港の国際化に関する話は、公表されるまで絶対に口外できません。「この人たちは、いったい何を話しているのだろう」と、子どもながらに気になっていました。

私にとって外交は、幼い頃から身近にあるものでした。そのため、将来は外交官になるつもりでした。

一方で、長く海外で暮らしていたため、10代になっても日本のことをほとんど知りませんでした。母から日本語を習っていましたが、十分に使いこなせるわけではありません。見た目は日本人なのに、自分はどこに属しているのか分からない。自分が何者であるかと強く問い続ける日々は完全にアイデンティティ・クライシスの状態でした。
外交官を目指すことと、自分のルーツである日本を知ること。この二つの理由から帰国し、京都大学法学部へ進学しました。

ウィーン・インターナショナル・スクールの卒業アルバム

──当初は外交官を目指していたのですね。そこから、なぜ外資系金融の道を選んだのでしょうか。

渡邊さん 外交官になるつもりでしたから、大学1年生から外務省のインターンに参加しました。当時の私は日本語にも自信がありませんでした。国内で育った同級生と競うには、モチベーションを高く持って4年間しっかり勉強し、早いうちから経験を積まなければとても追いつけない、と思っていたんです。

ところがインターンを通して、外交官として活躍するまでには、想像以上に長い下積みが必要だと知りました。ウィーンで見てきた国を動かすダイナミックな外交の姿と、その裏側にある現実との間には、大きな隔たりがありました。

さらに当時は、女性が外交の世界でキャリアを築くことが、今以上に難しい時代でした。「女性には大変な仕事だ」「将来、大使になるような人と結婚した方が早いのではないか」といった言葉を耳にすることもありました。女性がその世界に入ること自体を歓迎していないような空気が、確かにあったんです。

私は将来、結婚して子どもを持ちたいと考えていました。そこから逆算すると、20代のうちに思い切り働き、キャリアの土台となる実績をつくらなければならない。
外務省へ入れば、さまざまな制約の中で、20代は“下積みの、そのまた下積み”で終わってしまうかもしれない──そこで初めて、現実と向き合いました。

「男女が対等に評価され、若いうちから実力をつけられる場所はどこだろう」と考えたとき、当時の私には、外資系金融が最も現実的な選択肢に見えました。

そこで入社したのが、日興ソロモン・スミス・バーニーです。日興證券と米シティグループの合弁会社として設立された投資銀行で、後に日興シティグループ証券(以下、シティ)へと社名を変更しました。

金融の最前線で20年。「点と点をつなぐ力」を培う

──シティでは、どのような仕事に携わり、キャリアを築いていったのでしょうか。

渡邊さん 最初の約16年間は、証券部門のマーケットで、海外企業などが発行する債券の組成や、日本の投資家への販売を担当していました。資金を調達したい海外企業と、その債券に投資したい日本の投資家をつなぐ仕事です。

その間、4年間はロンドンで勤務しました。
当時、日本人社員が海外へ赴任する場合、現地の「ジャパンデスク」に所属し、日本企業や日本の金融機関を担当することが一般的でした。しかし私は、日本の顧客を担当するのではなく、世界中の顧客を相手にする現地のチームで働くことを希望しました。自分の所属していたチームから、その形で海外のチームに加わった日本人は、私が初めてでした。

ロンドンで働いたことで、金融市場の中心で経験を積めただけでなく、世界各国に事業を展開するシティという巨大な組織が、どのようにつながり、動いているのかを把握できるようになりました。

そして17年目に、証券部門から銀行部門の公共法人部へ異動しました。証券ビジネスを理解し、海外勤務を通じてグローバルな組織構造にも精通していたことから、銀行部門でもその経験を生かせると判断されたのだと思います。

公共法人部が向き合うのは、政府機関や地方自治体など、日本の公共セクターです。海外の金融機関として日本政府と仕事をするには、日本の制度や文化、意思決定の仕組みを深く理解していなければなりません。その公共法人部で、私は責任者を務めることになりました。

──証券部門と銀行部門では、仕事の内容も変わりましたか。

渡邊さん 大きく変わりました。証券部門では、債券など特定の金融商品を担当していました。一方、銀行部門ではリレーションシップマネージャーとして、担当するお客さまとの関係全体を担うようになりました。

例えば、お客さまから為替取引の相談があれば為替の担当チームへ、別の資金調達のニーズがあれば、その専門チームへつなぐ。お客さまが抱える課題やニーズを起点に、シティが持つさまざまな機能を組み合わせ、最適なソリューションを提案する役割です。

金融商品を扱う立場から、顧客との関係を構築し、組織全体を動かす立場へ。対話を通じて異なる立場の人を結びつける仕事は、大学時代から志していた外交にも通じるものでした。ようやく、自分がやりたかった仕事に近づいた感覚がありました。

一方、現在の仕事につながる環境・社会・ガバナンスといったサステナビリティ要素を経済活動への資金提供に統合するサステナブルファイナンス(※2)との接点は、証券部門にいた頃から生まれていました。

証券部門にいた2014年には、日本政策投資銀行(DBJ)が日本の発行体として初めて発行した「DBJグリーンボンド」(※3)の組成に携わり、2017年には東京都初のグリーンボンドも担当しました。

銀行部門へ移った後は、お客さまのニーズをより幅広い視点から捉えられるようになり、やがてシティ社内で日本のESG分野を推進する役割も担うようになりました。

(※2)サステナブルファイナンス

環境・社会課題への対応や企業統治(ESG)の観点を、金融の意思決定に取り入れる考え方です。グリーンボンドなどの債券に加え、融資や投資も含み、企業や社会の持続可能な成長を資金面から支えます。

(※3)DBJグリーンボンド

日本政策投資銀行(DBJ)が2014年に日本の発行体として初めて発行したグリーンボンドです。調達資金は、省エネ性能や利用者の快適性、防災、地域への配慮などの面で高い評価を受けた建物の建設・取得に対する融資に充てられました。

──シティで培った専門性のうち、現在の仕事にもつながっているものは何でしょうか。

渡邊さん 一つは、金融とビジネスの仕組みを理解した上で、「点と点をつなぐ力」です。お客さまの課題と金融商品、国内と海外、公共部門と民間部門など、それぞれ別々に存在するものを結びつけ、ビジネスとして形にする力を徹底的に鍛えられました。

もう一つは、人との信頼関係を築く力です。私は、目先の商品を売ること以上に、お客さまと長期的な関係を築くことを大切にしてきました。

もちろん、それができたのは、シティというグローバルな金融機関のブランドと信用があったからでもあります。渡邊有美子という個人だけでは会ってもらえなかった方も、「シティの渡邊さん」であれば話を聞いてくれる。その信頼を借りながら、多くの方との関係を築くことができました。
この姿勢は、シティ時代に築いた私の土台です。

利益を追い続けることへの疑問

──シティで活躍されていた中、2022年に駐日英国大使館へ転職します。何が転機になったのでしょうか。

渡邊さん 大きなきっかけは、新型コロナウイルスの感染拡大でした。

世界中で多くの人が亡くなり、国や自治体が社会を支えるために懸命に対応する一方、金融機関にいる以上、私たちは利益を追い続けなければなりません。当時、私の顧客は政府機関や地方自治体などの公共セクターでした。社会を守るために奔走する人たちを目の前にしながら、どう自社の利益を生み出すかを考えることに、強い違和感を抱くようになりました。

もちろん、金融は経済や社会を支えるために欠かせないものであり、その重要性は十分に理解していました。それでも、「私は何のために働いているのだろう」と考えるようになり、それまでと同じ熱量で仕事を続けることが難しくなりました。

そんなとき、顧客の一つだった駐日英国大使館から声をかけてもらいました。英国政府の立場から日本へ働きかけ、日英をつなぐ。幼い頃から思い描いてきた「日本と世界をつなぐ仕事」が、思いがけない形で目の前に現れたんです。「これだ」と、胸が躍りました。

外交・政策・金融が交差する仕事

──駐日英国大使館では、どのような仕事を担当したのでしょうか。

駐日英国大使館にて、グリーンファイナンスをテーマにしたセミナーを開催

渡邊さん 駐日英国大使館では、金融部門の統括責任者として、日英間の金融分野における政策対話や連携強化に取り組みました。特に、英国政府が重要政策の一つとして推進していたサステナブルファイナンスやグリーンファイナンスの分野では、両国の政府や金融市場の関係者を結びつけ、政策面での協力や市場形成を促進する役割を担いました。

例えば、東京都、駐日英国大使館、シティ・オブ・ロンドン等と連携し、グリーンファイナンスをテーマにしたセミナーや意見交換の場を数多く設けました。また、英国の視点から日本の金融政策に対する提言も行いました。

──金融機関から大使館へ移り、どのような違いを感じましたか。

右から二番目は、ジュリア・ロングボトム元駐日英国大使(撮影当時は駐日英国大使)。2026年8月まで約5年半にわたり、日英関係の強化に尽力した。

渡邊さん 最も驚いたのは、アクセスできる人の層が大きく変わったことです。

大使館へ入って最初に任されたのは、2週間後に来日する英国の金融大臣と、日本のメガバンクのトップとの会合でした。シティ時代なら、経営トップとの面会は2カ月前からの調整が必要です。ところが大使館から連絡すると、翌日にはすべての予定が決まりました。

それまで一企業の立場では簡単に会えなかった人たちに、英国政府の立場からなら、より容易にアクセスできる。その違いには、本当に目から鱗が落ちる思いでした。

英国には、現場は現場をよく知る人に任せる文化があります。駐日英国大使館でも、その考え方が根づいていました。日本の政策に関する仕事も、日本人である私に大きな裁量を与えてくれたんです。会合のアジェンダをつくり、当時の駐日英国大使だったジュリア・ロングボトム氏のスピーチ原稿を書く。イベントでは、誰を招き、誰に登壇してもらうかまで、自分で考えて動かすことができました。金融の専門性を生かしながら、政策や外交を動かせることに、大きなやりがいを感じました。

また、大使館で築いた人脈は、現在の仕事にもつながっています。看板を生かしながら、一人ひとりとどれだけ信頼関係を築けたか。その積み重ねの結果が、後になって表れるのだと感じています。

専門性を磨く

──駐日英国大使館での仕事にやりがいを感じる一方で、なぜ次のキャリアを考えるようになったのでしょうか。

渡邊さん 大使館の仕事はとても楽しかった一方、資金を実際に動かしたり、プロジェクトの実行に直接関わったりすることはできませんでした。

大使館は、あくまで英国政府の方針に基づいて動く組織です。政策を伝え、連携を促すことはできても、サステナブルファイナンスの仕組みそのものを、自分で考えてつくる立場ではありません。そのことに、次第にもどかしさを感じるようになりました。

もう一つ考えたのが、これから自分は何を看板にして働くのか、ということです。

それまでの私は、「シティの渡邊」「英国大使館の渡邊」として仕事をしてきました。組織の看板を生かして経験や人脈を広げることには、大きな意味がありました。

ただ、これからのキャリアを考えたとき、組織の看板だけに頼るのではなく、これまで培ってきた金融と政策の経験を掛け合わせ、自分自身の専門性を確立したい。そして、社会に具体的な変化を生み出せる仕事へ進みたいと思ったんです。

──そこで、Climate Bondsという選択肢が浮上したのですね。

渡邊さん はい。GX推進機構が発足した時期でもあり、政府関係者に今後のキャリアを相談すると、「これまでサステナブルファイナンスに携わってきたのだから、この分野で自分の名前を築いていくべきではないか」と助言をいただきました。

「Climate Bondsで創設者のショーン(※4)の右腕となり、世界の最前線を走る彼から学びながら、日本で実行に移していく。それが次の道ではないか」と言ってくださる方もいました。その言葉は、私の中にすっと腑に落ちました。

Climate Bonds がNGOであることにも、大きな意味を感じました。政府機関で働く場合は、その国や政権の方針を背負う。民間の金融機関に入れば、ビジネスとしての利益を生み出すことが前提になる。どちらも社会に必要ですが、異なる立場の人や組織をつなぎ、全体を動かすには、一歩引いて見渡せる第三者も必要です。NGOだからこそ、中立的な立場からその役割を担えると考えました。

さらに、日本統括責任者であれば、日本市場で何が必要なのかを自ら考え、戦略を立て、実行に移すことができます。責任の大きさに怖さはありましたが、金融、公共、サステナビリティを横断し、これまでの経験をすべて生かせる。「ここなら、これまでの経験を一つにつなげ、自分自身の名前で勝負できる」と思いました。

左から、渡邊さん、キャリアの節目で助言を寄せた財務省大臣官房参事官兼大臣官房審議官の高田英樹さん、Water Scope Japanの塩田真弓さん。
渡邊さんは全てのキャリアにおいて、人との出会いとつながりを大切にしてきた。
(※4)ショーン・キドニー

クライメート・ボンド・イニシアチブの共同創設者兼CEO。オーストラリアで社会課題に関する広報・マーケティングや年金基金への助言に携わっていた頃、HIV感染の有無にかかわらず、基金の全加入者に生命保険を提供しようとする取り組みに接しました。この経験を通じて、金融の仕組みを変えることが、社会課題の解決につながる可能性を実感します。
その後、気候変動対策を大規模に進めるには、政府予算や寄付に加え、世界の資本市場から資金を動員する必要があると考え、2009年にClimate Bondsを共同設立。科学的根拠に基づく国際基準や認証制度の整備を通じて、グリーンボンド市場の発展を後押ししてきました。国連事務総長への助言のほか、EUや中国人民銀行の専門家会合、シンガポール金融管理局の諮問パネルなどにも参加し、気候変動対策に向けた資金動員に取り組んでいます。参照:Climate Bonds HP

──NGOへの転職には、収入面の不安もあったのではないでしょうか。

渡邊さん もちろん、給与は高い方がいいですし、外資系金融機関にいた頃と比べれば、収入は大きく下がりました。ただ、長く仕事を続けていくうえで大切なのは、お金だけではありません。仕事のやりがいや社会的意義も、私にとっては同じくらい重要です。

シティでは部署や担当する仕事を変えながら経験を積んできたので、当時は自分なりに広い世界を見ているつもりでした。でも、組織の外へ出てみると、それまで見えていた世界は、もっと大きな世界の一部だったと気づいたんです。金融機関、大使館、NGOと異なる立場を経験したことで見えるようになった景色は、お金には代えられません。

今は夜遅くまで働くことがあっても、誰かに命じられたからではなく、「これは社会に必要で、やるべきことだ」と自分で思うから、取り組んでいるんです。

それで社会が実装していったら、私の喜びになるんですよ。そうしたやりがいも、働き続ける上で大切な支えになっています。ただし、「NGOだから給与が低くても仕方がない」とは思っていません。サステナビリティの分野へ移りたい金融人材は大勢います。それでも転職によって収入が大幅に下がれば、家族や生活を支えるために、その道を諦めざるを得ない人もいるでしょう。

社会的意義のある仕事を、働く人の善意や自己犠牲だけに頼ってはいけない。専門性に見合う報酬を支払い、優秀な人材が安心して働ける、持続可能な職業にしていく。それも、この分野が成長するために変えていかなければならない課題だと思っています。

Climate Bondsで創設者のショーンの右腕となり新たなインパクトキャリアを歩み始めた渡邊さん(左)とショーン氏(右)

波が来たとき、飛び乗れる自分でいる

──渡邊さんは、国際的な団体の日本代表という機会を、どのように手繰り寄せたのでしょうか。また、機会が訪れたときに「やります」と言える自分でいるためには、何が必要ですか。

渡邊さん 「私は絶対にこれをやりたい」と決めて、一直線に進もうとしても、意外とうまくいかないものです。

キャリアには「波」があります。自分の方へ波がぐーっと近づいてきたとき、そこへジャンプできるかどうか。それが、とても大事だと思っています。

そのために必要なのは、まず、目の前の仕事をきちんとやることです。当たり前に聞こえますが、これに尽きます。一つひとつの仕事に真摯に向き合い、成果を残し、知識を積み重ね、人との信頼関係を築く。その積み重ねが、次の機会につながっていくのだと思います。

もう一つは、常にアンテナを立てておくことです。同じイベントに参加しても、「面白かった」で終わる人もいれば、「この出会いを何につなげられるだろう」「この話と、あの課題を組み合わせたら何が生まれるだろう」と考える人もいます。

そうやって出会いや出来事を点で終わらせず、次へつないでいく。すると視野も人脈も広がり、やがて新しい機会が生まれます。

無理やり波を起こすことはできません。でも、ぼーっと待っているだけでは、波が来ても気づかない。

目の前の仕事をやり切る努力と、機会を見逃さないアンテナ。その両方があって初めて、来た波に飛び乗れるのだと思います。

正解のない道を、次の世代とつくる

──インパクトキャリアの価値について、どのように考えていますか。

渡邊さん 組織の中で、決められた仕事をきちんとこなし、その対価を受け取る。それも一つの働き方です。

一方、私たちが取り組んでいる仕事には、正解がありません。本当にこの方法で社会が動くのかは、やってみなければ分からない。自分たちの専門性や人脈を生かし、Climate Bondsとほかの組織の強みを組み合わせながら、社会をより良い方向へ動かす方法を考えていきます。

これまで培ってきた経験や専門性を、社会にどう還元できるか。それを自ら考え、実行していくことに、この仕事の価値があると思っています。

生成AIは、情報を整理し、社会課題をめぐるストーリーを組み立て、言葉にすることはできるかもしれません。でも、人と人の間に入り、信頼関係を築き、それぞれの立場や利害を調整し、実際に社会を動かすことはできません。少なくとも、私の仕事はAIには代替できないという自負があります。そうした仕事を担う若い世代が育つことは、これからの日本にとっても重要です。

だから私自身が、「こういうキャリアを歩み、社会にインパクトを残すこともできる」と実例を見せたいんです。どれだけ立派なことを言っても、自分が実践していなければ説得力はありません。

でも、実際にその道を歩いている人がいれば、「こういう道もあるんだ」「自分にもできるかもしれない」と感じてもらえるかもしれません。

私もまだ、道の途中です。これまでを振り返ると、私の周りには本当に素敵な人ばかりがいて、一つひとつの出会いやつながりに支えられてきました。

だからこそ、それぞれが自分の場所から一歩を踏み出し、次に続く人も歩ける道を、みんなで一緒につくっていきたいですね。結局、キャリアも仕事も、すべては人とのつながりなのだと思います。

社会と自分を持続可能にするインパクトキャリア

渡邊さんが切り拓いてきた道は、決して平坦ではありませんでした。自分のアイデンティティを探すために始まったキャリアの道は、やがて日本と海外をつなぎ、日本を世界へひらいていくキャリアへと変わっていきました。

一つひとつの出会いに向き合い、信頼を積み重ねてきた渡邊さん。その姿勢こそが、国際NGOの日本代表として多様な人や組織をつなぎ、社会を動かす現在の仕事につながっているのだと感じます。

社会をより良くする仕事に、専門性に見合う報酬が支払われ、より多くの人が安心してインパクトキャリアを選べるようになる。その選択肢が広がれば、社会課題に挑む人も、きっと増えていきます。

渡邊さんが切り拓いてきた道は、次に歩く誰かの選択肢になります。持続可能な未来に向けて、あなたはどんな一歩を踏み出しますか。

キャリアをつくる渡邊さんのインプット

日頃の情報源:

  • 日本経済新聞: 国内の経済や金融、市場の動きを把握するための中心的な情報源
  • Bloomberg/Financial Times: 海外の金融市場や政策、グローバルな潮流を捉えるためにチェック
  • Nikkei Asia/日経GX: アジアの経済動向や、脱炭素・GXに関する最新情報を収集
  • 政府・企業の発表:政府がどのような政策を進め、企業が何を発表しているのか。日々アンテナを立て、一次情報を確認
  • アパレル、ホテル、業界団体など異分野の情報:現在の仕事に直接関係しなくても、「何がどうつながるか分からない」と考え、幅広い業界から情報を収集

愛読書:

  • 『IKIGAI』:「生きがいは探すものではなく、日々の暮らしの中で見つけていくもの」という考え方に共感しています。過去や未来にとらわれず、変化を受け入れながら、今を丁寧に生きることの大切さを思い出させてくれる一冊です。

これまでの専門性を、社会を変える力に

渡邊さんのように、これまで培ってきた専門性を生かし、社会課題の解決に直接関わるキャリアを選ぶ道があります。PFIでは、インパクト領域の求人やイベント、キャリアに関する情報をお届けしています。「今すぐ転職するわけではないけれど、可能性を知っておきたい」という方も無料で登録できます。

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