「非営利組織」が切り拓く、希望のフロンティア──広がるキャリアの選択肢
「非営利組織」の強さ
━━「ソーシャルビジネス」や「インパクトスタートアップ(※2)」ではなく非営利だからこそ、解決できることはなんなのか。また非営利を取り巻く状況の変化について、教えてください。
(※2)インパクトスタートアップとは、社会課題の解決と持続可能な成長を両立し、ポジティブな影響を社会にもたらそうとするスタートアップの総称

前提として、「非営利組織」という言い方が誤解を招きがちだと思っています。『儲けてはいけない』といったニュアンスを含みますが、持続可能な形で事業を大きくするには収益は必要です。自信を持って儲けていい。
また「インパクトスタートアップ」は、資本主義の力でレバレッジ(てこの原理)を効かせ、外部からのお金などの資本を入れて、資本コストを超えるだけの経済的なリターンを素早く生み出すことを約束するやり方です。
ただ時には、この外部資本が制約になってしまうこともあります。短期的には、経済性と社会性の両立が難しくなり、どちらかを選択せざる得ないタイミングもあるかもしれません。
「非営利組織」であれば、より純粋に社会性を追求できるのが最大の特徴ではないでしょうか。企業の目指す世界観によっては、「インパクトスタートアップ」のスタイルが向いていないのでは、と感じることもあります。



CLACKの活動を開始した2018年と比較して、「非営利」について遥かに資金を集めやすくなっていることを体感しています。
企業側のお金の出し方も変わってきていて、特に子供や教育に関することなら、分配されやすい社会になりました。ただ、非営利がやっている共感の得やすさによって、資金の集めやすさは変わります。
ビジネスと非営利の違いについては、資金を使う用途についての「純度」が違うという持論をもっています。
例えばNPOの場合、1億の資金があればほぼ純度100%で掲げるビジョン沿った活動に資金を使えますが、ソーシャルビジネスの場合は、1億を社会性のために使うためには10億を稼がないといけない、といった事業モデルの違いがあります。
つまり法人格によって得意・不得意があり、僕の場合はCLACKの事業で1億を早く作るためにNPOが良いと判断しました。



私の場合は、『人生をかけて遺贈寄付を広める!』という思いでスタート。2年は無報酬でもやっていけるという経済的な試算をして、とにかくがむしゃらにやってました。そのため、最初は非営利組織の選択肢しかなかったのが実情です。
正直にいうと、非営利には資金集めなど大変なこともたくさんあります。軌道に乗った後、営利企業に変わることを勧められたりもしたのですが、何度考え直しても、「遺贈寄付を文化にする」ということを目的に捉えると、非営利の方が適しているのです。
私たちは特定の人だけのサービスを届けたいわけでなく、『みんな、おいで!』という想いの力で、皆さんと一緒に文化を作っています。
非営利だからこそ、さまざまな立場の方々にとってメリットのある形を柔軟に構築できています。たとえば、自治体の方がSNSでの発信を工夫してくださったり、金融機関と協働して冊子の配布を行うなど、連携の幅が広がっています。



僕は20年間ずっとソーシャルビジネスをやってきました。
その中で、どうしてもビジネスの力だけでは解決しない問題があるなと、かれこれ10年近くは社内で話をしたんです。
例えば、以前、親に捨てられ生きる気力を失っているように見える、バングラディシュの3-4歳の子供と宿泊先のホテルで出会いました。年齢的にボーダレスのビジネスの仕組みでは救うことはできず、衣服を買って励ましてあげることしかできなかった。そういった悲しい体験もありました。
営利と非営利の両方からアプローチすると、時間的にも領域的にも社会課題の解決に効果的だとは常々思っていて、実のところはようやくNPO法人を設立できた感覚です。
他のNPOへの寄付という形をとらず、自分たちでやる理由として、ボーダレスだからこそできる非営利の運営手法があると思っています。
まずはビジネスで培ったオペレーションを設計し実装できる点、そして既に様々な団体や企業と繋がりがあるので、連携して社会インパクトを生み出せる点が強みです。
既に大企業さんから、CSR(企業の社会的責任)の予算を活用したソーシャル活動、について相談を受けており、大きいお金を使ったインパクトある施策がいくつも始まろうとしています。
「非営利組織」の難しさ
━━非営利だからこそ、営利企業と比較した時の事業運営の難しさや、誤解される点を教えてください。



『資本主義の環境に疲れたので、優しい環境のNPOが良い。』と勘違いされることがあります。
事業を推進し再現性をもった組織にしていこうとすると、ある程度は、営利企業と同様のルールや責任範囲を決めていく必要があります。
また給与水準も改善はしていきたいですが、今はどうしても現職よりも2-3割ほどは下がる傾向にあります。CLACKでは『活躍いただいて2年ぐらいで元に戻してもらう。』という期待値でご入社をいただいてます。



平井さんの仰った通り、『非営利はゆるい。』と思われることはあります。
事実としては全くの逆だと思っていて、お金を出してくれた方に直接的な対価を提供できないため、社会的な「成果」をちゃんと見せていく必要があります。
ビジネスサイドにいたからこそ痛感しますが、実はこれはとても難しいことなんです。ただ、だからこそみんながが成長できる環境にも繋がっているなとも感じます。



ビジネスの世界よりも非営利組織の方が運営が難しいところもあります。
スタートアップであれば、ストックオプション(※3)などの経済的なメリットを提示して、良い人材を集めることができますし、報酬水準も非営利に比べると高いわけです。
この点は非営利セクターの大きな課題だと思っていて、もっともっとお金を流して、もっともっと優秀な人材に入ってきてほしい。その思いで、「遺贈寄付」を広めるお手伝いをしてます。
また非営利組織の運営で難しいのが、「成果を自分たちで定義する」という点です。営利企業の場合は、経済的リターンが主軸になるのでわかりやすい。
非営利組織は活動の効果を計測可能な指標に置き換えて、寄付者や団体、チームメンバーに公開しながら「社会にインパクト出している」ということを説明する必要があります。
全てにおいて定量的な指標に置き換えることが正しいとは思っていませんが、とはいえ、逃げずに試行錯誤しながらやっていくことが大事だと思っています。
(※3)ストックオプションとは、役員や従業員があらかじめ定められた価格で自社株を購入できる権利を与える制度で、株価が上昇した場合に利益を得ることができる。



ボーダーレスの場合は、一般的なインパクト指標のモデルは使っておらず、独自に「量的・質的・時間的」という三軸をベースにした指標を使って、事業の社会的な価値を測っています。
分かりやすく言うと、ソーシャルインパクトは「一人ひとりの物語」だと思っています。
例えばミャンマーの農家さんの事業で、貧困の小規模農家をちゃんと収益化することを行なっています。その際にマイクロファイナンス(※4)の仕組みを使ったり、買取保証といった形を取りながら、彼らの収入を2-3倍にしていくわけです。
この数字をインパクト指標として測ることももちろんできるんですが、大事なことは、増えた収入から起こる副次的なストーリーだと考えています。
『子供が学校に行き、ばあちゃんは病院に通えたんです!』とか『今日、息子がこんなしょうもない言っててさ(笑)』といった声が、事業を通じて現場をみてるメンバーからすると、最も本質なわけです。
もちろん、どのように社会と接続するかは大事なので、現場の感覚と一致した数字の見せ方の仕組みは工夫していきたいと思っています。
(※4)マイクロファイナンスとは、主に発展途上国における貧困層や低所得者を対象とし、経済的自立を目的とした小規模な金融サービスのこと。
「非営利組織」でのキャリア


━━AIにより仕事のあり方に大きな変化が起きている今、非営利の環境だからこそ、キャリアとして向いている方や身につけられるスキルについて教えてください。



難しい非営利のモデルだからこそ、成長できる環境がたくさんあります。
私たちが交渉する方達は、企業・行政のトップやマネジメント層です。1時間という商談時間の中でどうにかして権限を持つ方の協力を得なければならない、メンバーはそんなことを常に考えて行動しています。
否が応でも度胸と交渉力はついていき、そのうちには地位ある方との会話の怖さもなくなってくる、そんなたくましい環境です。
営利企業で力をつけた方も、チャレンジできる場ではないでしょうか。



さきほどお話しした非営利組織の運営は営利企業よりも難しい、ということに逆説的に繋がるのですが、非営利組織において「人をマネジメント」できるようになると、営利組織のマネジメントが簡単に感じられるかもしれません。
メンバーを、組織のビジョン・ミッションなど、経済的報酬を超えた魅力で引っ張っていく必要があり、営利企業よりもその点は難易度が高いからです。
またAIによって、私たちの仕事の仕方が大きく変化した先にどんな未来がくるだろう、と考えます。「非営利組織が少ない人数でも成果を出しやすくなる」ということもあると思うのですが、『空いたリソースを使って社会貢献をしたい!』と考えて、非営利活動に参画する優秀な人材がもっと増えればいいなと思います。



営利組織の場合は、事業の継続や売上の拡大が目的化することもあります。
文化が違うこともあるので組織による適性や見極めは必要ですが、非営利組織の場合は「社会課題の解決」をまっすぐ目指しているので、純度高く事業に取り組めることが魅力です。
営利組織で働いた時に感じやすい、『売上ばかりでなんのために仕事してるんだろう・・』という感情にはなりにくいと思います。
また、組織としては比較的小さいからこそ、自分が携わることのインパクトや重要性を感じられたりもします。対峙している目の前の方が変化していく手触り感もあるのが特徴ですね。
双方の相性もあるので、まずは業務委託から入ってフルタイムをお互いで検討していくことがCLACKの場合だと多いです。



NPOは始めたところなので、非営利だから、という観点はまだ見えてません。ただ、スタートアップや非営利のような小さい組織に共通して関して言えることはあると思っています。
それは、全部自分でやらないといけない「ド・ベンチャー」だということです。そのスイッチが入ってる人にとっては、とても楽しい「社会実験の場」であり、経理も営業もマーケティングも企画もデザインも、自身が全部がやることこそ、結果的に自身のタレント性や強みが発見できるんだと思います。
たくさんの打席数に立ち、健全な試行錯誤と前向きな失敗を繰り返せる環境は、役割が細分化されて決まっている大手だと難しいわけです。
「なんでもやる」スイッチが入っている人にとっては、小さい組織は非常に恵まれている場だといえます。
著者あとがき
“非営利”という言葉の奥に、まだ見ぬ可能性が広がっている。そんなことを強烈に感じさせられる、濃密な2時間だった。
登壇者の話を聞きながら、ふと経済の歴史について書かれた一冊の本を思い出した。
そこでは「Finance(金融)」の語源が「Finer=Finish(終わり)」であることに触れ、以下のようなことが述べられていた。
サービスに対価を支払う、という古来の発明は極めて合理的であったが、その一方で1回限りの取引は、人と人が支え合ってきた本来的な「贈与」による人間的な関係性の多くを切り落としてしまった可能性がある。
「贈与」による、贈り・贈られる関係性は、終わることのない広くて深い人間関係を育むのだ。
時は大きく流れ現代…富が富を無限に生み続ける資本主義の恩恵によって、私たちは物質的な豊かさをかつてないスピードで享受してきた。飢餓・疫病・戦争に悩まされ続けた、数千年前の人類が夢見た「ユートピア」は、当時の王族より誰もが優雅な暮らしをしている先進国において、物質面は十分達成されているのかもしれない。
しかし主観としての実態は、幸福度などの客観的なデータを照らしても「ユートピア」という状況にはほど遠く、経済性の追求だけでは到達できない次のステージがある感覚を、私たちはすでに持ち始めている。
そして、「非営利組織」は、かつて時代の流れのなかに置き去りにされた「贈与」という主要な営みを、現代的なかたちで蘇らせる試みではないか──私には、そんなふうに思えてならない。
また非営利組織の可能性を誰よりも信じているのが、本イベントの主催企業であり「ソーシャリア」を運営する、株式会社スターコネクトの皆さまだ。


ソーシャリアは「複業転職」という新しいキャリアの概念を提示しながら、非営利に限らず、「市場性は小さいが社会的意義の大きい」領域へ人材の流れを作ろうと日々奮闘している。




そしてソーシャリアの世界観を体現する大型イベント「ソーシャルキャリアフェス2025」が、2025年11月8日(土)・9日(日)の2日間にわたり開催される。昨年からスケールアップし、出展企業は2倍の100社、来場者は4倍の2,000人を目指す。
本イベントには、「人類の希望の未来を照らす」というビジョンを掲げるHOPIUSとしても深く共感し、共催という立場で支援している。
たとえ直近で転職や副業を考えていない場合でも、仕事の社会的意義に関心がある方にとっては、多くの示唆を得られる内容であると自信を持っている。ぜひ詳細をご覧いただきたい。
今後もHOPIUSでは、今回のような希望溢れるアクションをとっている個人や団体を応援する記事を執筆していく。
一般社団法人日本承継寄付協会 代表理事
三浦 美樹 さん
2011年に司法書士事務所を開業、相続専門の司法書士として、これまでに2,000件を超える相談を受け、多数の相続専門誌を監修・執筆している。2019年に日本承継寄付協会を設立。https://www.izo.or.jp/index.html
遺贈寄付の全国実態調査や、遺贈寄付ガイドブック「えんギフト」を発行。英国発の遺言書作成報酬助成であるフリーウィルズキャンペーンの日本初開催をし、日本における遺贈寄付文化創造に尽力。
日本最大規模のカンファレンス「ICCサミット FUKUOKA 2024」にて、社会課題の解決に挑む起業家のピッチイベント「ソーシャルグッド・カタパルト」にて優勝。Forbes JAPAN 2024年6月号の特集「100通りの世界を救う希望 NEXT100」の表紙にも起用される。
一般社団法人日本承継寄付協会 プロボノ / 五常・アンド・カンパニー株式会社 執行役 CFO
堅田 航平 さん
学生時代を通じてAIESECの活動に打ち込み、同団体を通じてバングラデシュのNGOにおいてインターンシップに参加。大学4年次にはNPO法人アイセック・ジャパンの事務局長を務める。大学卒業後、モルガン・スタンレー証券の投資銀行部門にてM&Aアドバイザリー業務に従事。Och-Ziff Capital Managementを経て、2008年にライフネット生命保険に入社。2013年 執行役員CFOに就任。2014年、スマートニュースに入社しコーポレート部門の責任者として財務・経理・人事・法務を管掌。2019年より五常・アンド・カンパニー CFO。https://gojo.co/landing-page-jp
ビザスク及びテーブルチェック 社外取締役。2024年4月より日本承継寄付協会においてプロボノとして活動中。
認定NPO法人CLACK 理事長
平井 大輝 さん
1995年大阪生まれ。中学時代に両親の自営業の倒産と離婚を経験し、中学・高校と経済的な困難を経験。
国公立大学に進学後は「自分と同じような境遇で理不尽な思いをしている子どもの手助けをしたい」と思い、困難を抱える中高生の学習支援のNPOで3年間活動。居場所支援や学習支援以外の方法で困難を抱える高校生の将来の選択肢を広げるためにCLACKを立ち上げる。https://clack.ne.jp/
現在はAI時代のマイノリティの雇用をつくるインパクト雇用事業を準備中。シチズン・オブ・ザ・イヤー2021/FORBES JAPAN 30UNDER 30 / NEXT100
株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役COO
鈴木 雅剛 さん
1979年生まれ、広島県出身。㈱ミスミ(現・ミスミグループ本社)を経て、2007年3月に㈱ボーダレス・ジャパンを共同創業。以降、事業開発、ファイナンス、コーポレート機能、社会起業家のインキュベーションおよびアクセラレーションなど、多岐にわたる領域で数多くのソーシャルビジネスの創出と成長に、直接的・間接的に関わってきた。
現在は、ボーダレス・グループをソーシャルエンタープライズ、ならびにソーシャルビジネスのロールモデルへと進化させるべく、経営を通じてソーシャルインパクトの最速・最大化に取り組んでいる。
さらに2024年12月には、非営利モデルによって社会的インパクトを創出することを目的に、NPO法人ボーダレスファウンデーションを設立。https://borderless-foundation.org/
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