「怖いまち」を「希望のまち」へ変えていく──北九州から始まる壮大な希望のプロジェクト(下)

交流会に広がる笑顔

筆者が取材した5月8日、抱樸の事務所から約2キロのところにある高炉台公園で、春の野外交流会(=春の運動会)が開かれました。新緑が鮮やかな広場で、早朝からボランティアや、ホームレスだった人々、抱樸の職員や奥田さんも集合。


毎年定期的に開催され、全員が主催者であり参加者であるという雰囲気で、自然な流れでお互いに協力しながら準備が進められました。「あんたもわしもおんなじいのち」と書かれた白いテントに、「ガーランド」と呼ばれる色とりどりの三角形の旗をつなげた装飾をつなげていきます。
「この飾りがあるだけで、楽しくなるでしょう」とボランティアさん。抱樸にこの交流会の取材を申し込んだとき、職員の方が「どうぞ、どうぞ。交流会はただ楽しい時間です」と言ってくれました。
その楽しいステージを用意してくれたかのように、日差しはすでに初夏、風が心地よく高台の公園の広場を抜けていくなか、楽しい協働作業が続きました。

参加者は多様です。車いすの高齢者から杖を使っている人、赤ちゃんを抱いた母親も。遠く広島から駆け付けた若者もいます。総勢87人が赤白に分かれて7つの競技を楽しみました。

全員でラジオ体操をした後は、競技開始です。
赤白に分かれてのお玉レース(玉じゃくしに球を入れて落とさないように運ぶ)、玉入れや、大玉わたしなど。転んだり、落としたり、おいていかれたり、ハプニングも続出。特に今年はボランティアや職員が工夫を凝らして準備し、ルールを決めた新しい競技「スリッパ飛ばし」が登場。
広場は終始、笑い声と歓声に包まれました。

紅白に分かれて楽しく玉入れをする参加者

最後の締めくくりで全員が炭坑節を踊る中、ひときわ目立っていたのが、元ホームレスの「ためちゃん」こと、下別府為治(しもべっぷ・ためはる)さん(81歳)。

手作りの仮面に浴衣を着て、笑顔としなやかな所作で踊る下別府さん。今は、互助会のイベントの中心として活動する一人で、それぞれの活動になくてはならない人です。 

「出身は鹿児島。北海道から九州に来て路上生活になった。自殺しようと思ったけれど死ねなくて、小倉城の下で犬と一緒に野宿していた時に、奥田さんや、北九州ホームレス支援機構(抱樸の変更前の団体名)の人たちと出会った。炊き出しの弁当とか薬などをもらってね。ある時、『助けて』と初めて言えたんだ。すると『生きていて、よかったね』って返してもらって」。

自立支援を受けながら今、下別府さんは仲間とつくる「生笑(いきわら)一座」(2013年にスタート)の団員として、困難を乗り越えた実話をもとにした公演を行っています。名称は「生きてさえいればいつかきっと笑える日が来る」から。炭坑節の輪の中心で奇抜な衣装で自由に踊る下別府さんの姿に、参加者からは温かな笑みがこぼれていました。

場を盛り上げる奥田さんと、ユニークな衣装で炭坑節を踊る下別府さん

夜の炊き出しと駅周辺のパトロール

「明日(5月9日)は雨か。雨は大変なんだ……」と奥田さんがつぶやきました。
9日は夜8時から小倉城や市役所にほど近い勝山公園で炊き出し(お弁当や薬、衣類、冬はカイロなどの配付)、そののち午後10時30分過ぎごろから、小倉駅周辺を含む5方面の夜のパトロールを予定しているからです。3月から11月までは毎月第2,4金曜日、12月から2月までは毎週金曜日、欠かさず続けられている支援です。

ところが、北九州地方では8日から強風注意報が発表されており、9日の天気予報は雨も風も強く、”災害級”の大荒れの天気が予想されていました。ボランティア部からは雨が降っても炊き出しとパトロールはいつも通りの時間で実施すること、安全のために物資を配布するためのテントを立てず、予定時間よりも早く弁当の配布を行う可能性がアナウンスされました。

「雨でも当然、炊き出しとパトロールはやります。ただ、雨は大変なんですよ。雪が降っても服に付いた雪を払えばいいけれど、雨は衣類に浸透して体を冷やしてしまう。ホームレスの方たちにとっては命の危機を招くことがあるから……」。

明けて9日は朝から小雨となり、午後からは激しい雨が地面をたたきつけ、日中は道を歩く人の姿もほとんどない豪雨に。
午後6時過ぎ。小倉区の勝山公園には準備の職員やボランティアが姿を見せました。物資を積んだ車の周辺には、50人ぐらいの人々が集まっています。雨はやんでいませんが、日中よりは弱くなっていました。

「雨や雪など悪天候の際にはボランティアが減るどころか、『ボランティアの数が少なくなるかもしれないから、参加しよう』と考える人が多く、逆に普段よりも人数が多くなるんですよ」と活動に参加した女性が話してくれました。
悪天候のため、少し早めに配布を始め、多くの人の協力で、弁当やお茶の配布もスムーズに終了しました。「天候が悪い日ほど、多くのボランティアが集まる」というのは、長年、炊き出しを支えてきた人たちのモチベーションの高さの現れです。

その後、午後10時30分過ぎ。小倉駅前に約10人のボランティア、そして奥田さんの姿がありました。2つのルートに分かれて、それぞれが弁当やタオル、衣類や靴下、カイロや薬などを入れたバッグを手に、夜のパトロールが始まりました。

細い路地もくまなく歩き、ホームレスの人たちがいるところへ向かう

屋内に設置された自転車の駐輪場や、屋根の付いたアーケード街。小倉城の脇を流れる紫(むらさき)川に架かる橋の下など、ホームレスの人がいそうな場所をポイントに歩きます。

繁華街の角で、路上パトロールで必ず会う高齢の女性に遭遇しました。女性は奥田さんたちと顔なじみで、「今日は寒いから、着替えの下着とカイロが欲しい」としばらく立ち話をして去りました。
「パトロールを始めた当初よりも、路上で生活している人はずっと減りました。それでも、現在は車中泊をしている人や、アパートで暮らしているものの生活に困っている人などもいて、それらの人々が表には見えてこないという問題もあります」と奥田さん。

照明がついて明るいアーケードから、細い脇道へ。暗がりの奥の方に人影が見えます。誰かに見られたくない、という人も当然ながら中にはいます。奥田さんの妻・伴子さんだけが弁当や支援物資をもってその人の方へ歩み寄り、静かに会話しているようでした。

シャッターの閉まった店舗の前に男性が一人、横になって寝ていました。
その人にも静かに声を掛け、雨の中をどう過ごしていたのか、体調はどうか、小倉の街のどのあたりにいつもいるのかなど、言葉を交わします。その男性は、私たちを見て最初は緊張した面持ちでしたが、次第にほっとした表情に変わっていきました。

「いつもはこのあたりにいる男性が今日はいないな……」。奥田さんからはそんな言葉も出てきます。
「あの影にいるかもしれない」と、伴子さんは暗闇の中に人影を探します。私たちが歩いている時、先ほど出会って弁当や物資を渡した人が、駅の建物の脇の方に移動している様子が見えました。少しでも雨や風が避けられて、少しでも温かく感じられる場所へー。

日中は買い物客で賑やかなアーケード商店街も、店のシャッターが降りる夜にはホームレスの人たちの姿がみられる場所に=小倉駅周辺

「紫川の河川敷の橋の下は以前は平らな舗装で、そこにホームレスの人たちがいました。ところが工事が行われて、舗装が削られました。そのおかげで今日のような雨が降った日は水たまりができるようになり、ホームレスの人の居場所がなくなってしまいました」。

「商店街の各店舗の前は、ちょうど奥に下がり階段もあったりしてホームレスの人が雨風を避けるためによく座っていました。ところが今はそこに、三角錐形の赤いロードコーンが置かれたり、ごみ袋が置かれたりして、ホームレスの人たちがいられる場所がなくなってしまいました」。

その言葉を聞いて、行政や地域住民の人たちの無理解や偏見が少しでも減ってほしい。筆者にはそんな思いが募ってきました。

約1時間半、ルートを一周した最後に、背の高い若い男性が駅前に立っていました。
「おお、元気だったかい?最近、どうなの?」奥田さんが心のこもった温かな声で話し掛けました。男性はホッとした表情で、奥田さんの方に歩み寄り、話し始めました。

 「どうしていたの?」「元気なの?」。夜のパトロールは、ホームレスの人たちにそんな声を掛けるところから始まります。
奥田さんや抱樸のボランティアがいつも見ていて気にしてくれるー。絶望や不安の中で日々を送る人にとって、こういう声掛けと、見守りは、大きな命綱になっているに違いない。

 「金曜日の夜は必ず、決まった時間に決まったルートで回ります。相手(ホームレスの人々)は携帯で連絡する、というような状況にはありませんから。そして私たちの方から支援を通じて近づき、関係を作っていくことが大切なんです」と奥田さん。
夜のパトロールの終了地点に到着すると、すでに日付は変わって午前零時20分になっていました。あれほど横殴りに降っていた雨はすでに止み、繁華街の匂いと私たちの汗、そして夜の深みが増していました。

誰一人取り残さないという理念で活動を始めた。
それは絶対に忘れてはいけない。それが私たち抱樸だから


参加したボランティアが輪を作るなか、奥田さんは自分や仲間に宣言するように言いました。
また2週間後の金曜日も、その次も、欠かさず続く夜のパトロールは、確実に命を救い、そして世界を変える希望になっているー。筆者にはそう思えたのでした。

そしてぜひ最後に、「抱樸からのメッセージ動画」をご覧ください。
抱樸が目指す「助けてと言える社会」は私たちでも応援することができます。希望の未来を一緒に創っていきましょう。

◎奥田知志さんの新刊本、8月9日に発売です!
わたしがいる あなたがいる なんとかなる 「希望のまち」のつくりかた』(西日本新聞社)

送信中です

×

※コメントは最大500文字、3回まで送信できます

送信中です送信しました!
1 2
大切な人に希望をシェア

Translation feature does not work on iOS Safari.