笑うだるまが迎える「だるチャンのおうち」──挑戦と葛藤の20年が紡いだ、地域の母たちと深大寺の物語

【HOPEFULなひと】
「ホピアスの想い」をもとに、人類に希望を見出し、持続可能で愛ある世界を目指して活動している人たちを紹介するHOPEFULなひと。
今回訪れたのは、調布・深大寺の参道にある、小さなお店「だるチャンのおうち」。
色布と筆、いろとりどりのだるまたち、やすりの音、——3、4畳ほどの空間なのに、笑い声と集中の気配が同居している。「だるチャンのおうち」では子育てや孫のケア、介護のただなかにいる女性たちが、隙間時間で働き、アイデアを形にし、互いを支え合いながら、地域の“資産”をひとつずつ編み直している。だるチャンプロデュース代表の貴山 圭子(きやま・けいこ)さんは言う。
「ここは、女性が家庭の役割から解放され、自由に自分を表現する入口。そして深大寺という歴史的な場所のワクワクする入口でもあります」。代表の貴山さんにお話を伺った。
本記事は、ホピアスの「共創記事」シリーズ第1弾としてお届けします。共創記事とは、ホピアスの理念に共感いただいた企業や個人の方が、制作費の一部を支援し、ともに創り上げる記事です。なお、ホピアスでは、共創の前に各団体や個人の活動が本メディアの理念・軸に沿うものであるかを丁寧に確認しています。詳細はこちら
70周年だるま制作風景——参道の“ゲート”で起きていること

布を貼った大ぶりのだるまはアート作品のように重心がある。直径1センチの「ちいだるま」が並ぶ棚のすみでは、猫だるまに耳と縞が描き足され、別のテーブルでは粘土を成形している。お客さんがふらりと入ってきて、絵はがきやだるまを買っていく。「誰かへの贈り物」として求める人が多い。顔は自然とやわらぐ。
「だるチャンのおうち」に関わるのは、みな主婦、もしくは兼業の女性たち。子育て中、娘家族のサポート、親の介護——家庭のミッションは軽くない。それでも「家庭優先」を明言し、互いに背中を押して送り出す文化が、ここにはある。
言い換えれば、安心して“わたし個人”に戻れるサードプレイス。エネルギーをチャージして、また暮らしへ戻る。
ボディパーカッションから、だるチャンへ——“つくる喜び”の再発見

──だるチャンはどのように誕生したのですか?
「私は、もともとピアノの教師をしていました。ある教育プログラムを受けて自分を見つめ直したことで、大問題だと思っていた家族関係が解けていきました。
すると心に余白ができて、『何かやりたい、やれるな、私!』というエネルギーが湧き上がってきたのです。そこから、子どもたちと一緒に『ボディパーカッション』をするワークショップを始めました。
深大寺に引っ越してくる前に、千葉県習志野市に住んでおり、『ならしの子ども劇場(※)』というグループに所属していました。年齢や視点が異なる親子が集まり、自己表現を通して互いに支え合う場所です。子育てにはマニュアルがなく、迷いながら手探りで進む日々の中で、先輩お母さんの存在は、頼もしいサポートでした。
『私が先輩お母さんになったら、若いお母さんたちの力になろう!』と決めたのでした。ここが私の原点になりました。
(※)ならしの子ども劇場
「ならしの子ども劇場」は、子どもとおとなが文化や芸術、遊びを通して共に育ち合う地域をつくることを目指した市民活動として、全国的な広がりの中から誕生しました。1966年に福岡で始まった「子ども劇場」運動は、親から子へと受け継がれ、1991年には全国707団体・会員53万7千人に拡大。地域ごとにNPOや任意団体として独自の活動を展開し、舞台芸術鑑賞、体験活動、子育て支援、福祉活動など、多様な形で子どもの心と命を育む取り組みを続けています。現在は「特定非営利活動法人 子どもNPO・子ども劇場全国センター」と連携し、子どもが豊かに生きられる社会を目指しています。(こどもNPO こども劇場全国センター)
活動の中で観たボディパーカッションの舞台に感動し、ピアノの生徒たちとともに挑戦することに。地域のお祭りや、児童館祭りで披露するため、『お揃いのTシャツで出よう』と決め、練習の合間に紙と鉛筆を渡し、『深大寺といえばだるま市だよね。だるまさんを描いてみよう!』と呼びかけました。
子どもたちは最初は乗り気ではなかったものの、『深大寺の参道をだるまのTシャツを着て歩いているのを想像してみて』というと、こどもたちの目の色がかわり『おっしゃー!描いてみよう!』と、筆をとり始め、なんと手足のついた“動くダルマ”が生まれました。
お母さん仲間で絵描きの吉村美津江さんがそれをデザインに仕上げ、5体の個性豊かなだるまさんが並ぶTシャツが完成。

その中で特に笑顔が愛らしい一体を「だるチャン」と名づけました──これが、だるチャン誕生の瞬間でした。
完成したTシャツを仲間に配ると、仲間の一人のおばあちゃんが、杏林大学病院のリハビリに着ていきました。すると『そのTシャツ、かわいいね。私も欲しい!』と声をかけられたのです。病院の売店で販売できないかとドキドキしながら相談したところ、店長さんが偶然にも深大寺に住む女性で、『応援するから、手続きしてきて!』と背中を押してくれました。」
──2004年。ここから、だるチャンの物語が始まった。
「出る杭は叩かれるが、出過ぎたら叩かれなくなる」──門前で生まれた信頼の物語
だるチャンの活動は年々広がり、イベント出展、ギャラリー展示、そして「だるま踊り」の復活へ。
貴山さんの勢いは止まらなかった。2015年8月、ついに深大寺入口近くに「だるチャンのおうち」をオープン。小さな店から、地域と人をつなぐ場所が生まれた。
しかし、その過程では苦労もあった。深大寺は歴史ある土地。独自のしきたりや関係性の中で、自由に動く貴山さんの姿はときに誤解を呼び、「要注意人物」と言われたこともあった。落ち込む夜、お風呂で娘に話した。「心が痛いの」。すると娘は言った。
「お母さん、出る杭は叩かれるかもしれないけど、出すぎちゃえば誰も叩かないよ!」
貴山さんはその言葉に救われ、「凹むより、出ていこう」と心に決めた。
そんな彼女を支えてきたのが、深大寺門前にある老舗の「そばごちそう門前」のご主人の浅田修平さんだった。

「深大寺の仲間の一人から、貴山さんを紹介されました。私は“外から来る人を拒まない”のが信条なんです。
『テーブルを貸すので、自分たちでチャレンジしてみたら!』と声をかけました。」
ところが、ある日小さな騒動が起きた。だるチャンのスタッフが参道でプラカードを掲げて歩いたのだ。
「だるチャンコーナー そばごちそう門前の前で販売中」とお店の名前を入れていたため、他店のご主人が「門前さん、うちの方まで宣伝に来てるね!どうしたんだい?」」と電話があったという。
通常、自分たちの店の前以外で宣伝をすることはないという、地域ならではの“暗黙の了解”があり、驚いての連絡だった。
「最初は驚きましたが、事情がわかって笑ってしまいましたよ。彼女たち、悪気なんて全くない。ただ一生懸命だった。知らないからこそできる行動力。それがいいんです。」
門前さんは語る。「母親ってね、壁を知らない。だから突き抜けるんです。普通なら“やめとこう”ってブレーキを踏むところを、彼女たちは走り出す。ある意味、教えられましたね。知らないことは、怖くないって。」
貴山さんはやがて、浅田さんの父が遺した「深大寺だるま音頭」を掘り起こし、再び町に息を吹き込んだ。
「父は観光協会の会長で、明治100年記念事業としての調布市の取り組みが、「深大寺だるま踊り」だったんです。
でももう誰もそれで何かをしよう、という人はいなかった。それを貴山さんが見つけて、復活させてくれた。正直、感動しましたね。」


長く地元を見てきた門前さんにとって、新しい風を吹き込む貴山さんの存在は、最初は物珍しい人から、次第にワクワクする人になった。
「深大寺は田舎だから、新しいことが始まると馴染むまで時間がかかる。でも彼女はぶつかって、壊して、形にした。まっすぐすぎるほどまっすぐでね。」
コロナ禍のときには、門前さんの店のLIVEのオンライン配信を一緒に企画。
「打ち合わせもリハーサルもなし。“じゃあ始めましょう”って生配信を始めた。そしたら新聞に載ってね。あの突破力は本当にすごい。」

貴山さんと門前さん。立場も世代も違う二人だが、共通しているのは“まず動く”という生き方だ。
「出る杭は叩かれるが、出すぎれば叩かれない」
──その言葉通り、今も深大寺の風の中で、二人の物語は続いている。

働く母たち──楽しさと自立で走るチーム

「だるチャンのおうち」で働くのは、近所に住む40代〜70代のお母さんたち約16人。
近隣に住むメンバー、また繋がりで地域に広がり、自宅作業をするメンバーなど、関わり方はそれぞれ全く違う。店内では、レイアウト、パッケージ、販売、生産管理などを役割分担。
かつては貴山さんが一人で抱え込んでいたが、「信じて任せる」方針へ転換してから、仕事が滑らかに回り、アイデアが循環し、毎年のように展開が広がっている。
象徴が「ちょう布だるま」だ。“調布”は“布”。布貼りの発想は以前からあったが、曲面にきれいに貼れずお蔵入りに。ある日、別のメンバーが試したら成功した。ここから願い事を書いて布を自由に選び、顔を貼り描く体験が生まれ、だるチャンの価値が“みんなで創る楽しさ”へと定着した。
現場の空気は温かい。
吉川さん(60代)はお花と猫を愛する企画・ものづくりの経験者。
「ここは私が今まで経験した十以上の職場の中でも、一番働きやすい。緊急があれば柔軟に休めるし、自分の提案が形になる。ねこだるまも『そんなにねこが好きなら作ってみて』から始まって、売れた瞬間は本当にうれしい」。
店内にお花を飾り、華やかに整えるのも得意だ。

三國さん(60代)は元介護職。今は、家族の一人が療養中のため、急な入院対応が必要な時も『家族を一番に』と背中を押してくれるから安心」と話す。お店のセッティング、毎日の売上管理記録に責任を持つ。いるだけで皆が落ち着く“安心の起点”でもある。
「かつてもPTAで顔なじみのお母さんたちが、お店のメンバーで、プロでなくても力を持ち寄れば高いクオリティになると知って驚いた。ここは、小さな箱に楽しさが詰まっている場所です」。
お客さまとの物語も豊かだ。婚約カップル、海外オーケストラ奏者、外国の親族への贈り物、師匠の門出…“誰かを思って選ぶ”購買が多く、名入れや絵付けで小さな感動が生まれる。体験では2時間ほど一緒に作り、会話の中で人となりが見えてくる。
「ただ売るだけでなく、関わりそのものが価値」だと二人は口を揃える。

貴山さんについて、吉川さんは「包容力がある。率直な提案も静かに受け止め、まず取り込んでくれるから言いやすい」と貴山さんの器の大きさを表現する。
三國さんは「投げたアイデアを必ず形にして返す。お盆の時に茄子とかきゅうりのお飾りをだるチャンに描いてって言ったら、実現しました。うちの母の新盆の時だったんですけど、なんか可愛いものが好きだから、こういうのを飾りたいなと思ったら、すぐ。感動しました。」と信頼を語る。
神がかった行動力と、時に車で行った先で、車を置いて電車に乗ってしまうおちゃめさの同居が、場の“ほどよさ”をつくっている。
これからの展望を伺うと、吉川さんが猫シリーズに次ぐヒット商品の開発を、三國さんは制作工程の深堀りに関心を寄せる。共通する願いは「日常の平和と家族の健康」。
ここは、のびのび働き、互いを信じ、“まずやってみる”で育っていく、地域の母たちがつくる自立型チームだ。
だるチャンの可能性と、これから

──「だるチャンのおうち」は、どんな場所だと思いますか?そして、これからどんな未来を描いていますか?
「だるチャンのおうちは“ゲート”のような場所です。
深大寺の入り口という意味もありますが、人生の入り口、再出発のゲートでもあります。
ここで働く女性たちは、“働いている”というより、“生き生きと存在”しています。
役割や年齢に縛られず、笑いながら、つくりながら、互いを認め合っています。 その空気感こそが、“だるチャンのおうち”のいちばんの魅力だと思っています。
また目指しているのは、“誰でも・なんでも・やりたいことを形にできる場所”。
かつて、母親が社会で自分を表現することが難しかった時代がありました。
その“できない”を“できる”に変えることが、私たちの挑戦です。
21年続けてきて思うのは、ここはお店ではなく、“共創の場”だということです。
深大寺の文化、だるまの伝統、人の縁が交差して、 地域全体が少しずつコミュニティに変わっていく。
それが今、確かに起きている実感です。これからは、“作る力”に加えて、“届ける力”を磨いていきたいです。作って終わりではなく、知ってもらい、届いて、共感してもらう。

その“届け方”をデザインすることも、ものづくりの一部だと感じています。
深大寺も今、TikTokの影響などで若い世代が増えています。また、外国人観光客の方も訪れて世界各国の人にダルマを知って愛してもらえる機会が開かれています。すごいことです。
体験型のコンテンツをもっと広げて、これからも、ものづくりを通して人と地域がつながる“次の形”を考えていきたいです。
そして今、調布市の70周年記念で“70個のだるま”を制作しています。
10月26日の調布のお祭りでお披露目する予定です。

先人の皆様が紡いできた深大寺の歴史と文化に敬意をもち、お母さんたちのパワーで地域の誰もが楽しんで参加できる『深大寺』の架け橋になりたいと思っています。 私にとって、地域のお母さんたちと一緒に手を動かして、笑い合う時間そのものが宝物です。
この先も、私たちは、まわりを明るく照らし願いを受け止める、だるチャンのような存在を目指していきます。」
編集後記
バスを降りるとすぐ「だるチャンのおうち」がある。まさに、深大寺の“ゲート”だ。
ここで働く女性たちは「働く」というより「生き生きと存在する」。
その空気感こそが、だるチャンが地域にもたらす最大の価値だ。
女性が社会で活躍することは、個人の達成にとどまらない。家族の中心にいる母親が元気になれば、家庭が明るくなり、やがて地域全体が動き出す。「お母さんは世界の源」。
貴山さんのこの言葉は、理念ではなく現場の実感だ。女性たちのコミュニティは、よく気づき、支え合い、「生きる」ことの根っこに基づいている。
それは経済合理性とは異なる“持続する力”であり、社会をやさしく変える原動力だ。
数十年眠っていた「だるま踊り」を復活させた貴山さん。そのまっすぐな行動力と、人を巻き込む明るさが、地域に新しい風を吹かせている。
これからのだるチャンは、地域とともに成熟し、次の世代へと希望のバトンを渡していく──。
深大寺のゲートから生まれた物語は、これからも、お母さんたちの力でこのまちを明るく動かしていくだろう。

だるチャンのおうち
日本三大だるま市のひとつ・深大寺だるま市の地にある、だるまパワーで元気になれる小さなお店。
扉を開けば、全国のだるまや地域の仲間たちが手がけた一点物のだるまグッズ、「ちょう布だるま」、柿渋染めの手作り商品がずらり。店内では、だるまのゲームで遊んだり、だるまさんに変身したり、オリジナルだるまを作るワークショップ体験も楽しめます。小さいけれど、覗けば驚きと笑顔の広がる“だるまの世界”がここにあります。
🔗 公式サイト|Instagram
住所:〒182-0017 東京都調布市深大寺元町5-5-1
TEL:042-444-7880
MAIL:daruchanpro@gmail.com
営業時間:11:00〜16:00
定休日:火・水曜(2025年4月より)※天候・イベントにより休業あり
貴山 圭子(きやま・けいこ)「だるチャンプロデュース」代表。福島県出身、調布市在住。もともとはピアノ講師として活動していたが、子育て期に「ならしの子ども劇場」での体験を通じて、世代を超えて支え合うコミュニティの力に感銘を受ける。その後、子どもたちとのボディパーカッション活動をきっかけに、手足のついた“動くだるま”をデザインしたTシャツを制作。これが「だるチャン」誕生の原点となる。2004年、深大寺での販売を機に活動を本格化し、2015年に「だるチャンのおうち」をオープン。その後、2024年長年の夢であった絵本「だるチャン」を制作。地域の女性たちと共に、だるまを通じた創作・体験・連帯の場を育てている。


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