ニューヨーク市長選が私たちに問いかけること

──2026年に向けて、連帯がふたたび動き出しています。
2025年が終わろうとしています。
この一年、世界では政治や経済、社会の「当たり前」が、静かに、しかし確実に揺れ動きました。
アメリカでは、トランプ大統領の就任以降、「ディール(取引)」を重視する政治が目立つようになりました。関税交渉をはじめ、自国の利益を優先する外交姿勢が前に出て、国際協調や公共性よりも、短期的な成果を重ねるやり方が広がりました。その影響は、外交だけでなく国内の政策にも及んでいます。

象徴的だったのが、USAID(米国国際開発庁)をめぐる混乱です。2025年1月には対外援助の凍結・見直しが打ち出され、支援を通じて国際秩序を下支えしてきた仕組みが揺らぎました。アメリカが担ってきた「公共的な役割」が、以前より見えにくくなった──そう受け止める声も増えています。
同時に、報道の自由をめぐる緊張も高まりました。2025年10月、国防総省(ペンタゴン)が記者に対して取材・発信を事実上制限する新ルールへの同意を求め、多くの主要メディアがこれを拒否し、ペンタゴン取材の記者証(パス)を返納する動きが起きました。記者たちが作業スペースを撤収していく映像は、報道と権力の関係が転換点に来ていることを強く印象づけました。
こうした分断の兆しは、遠い世界の話だと思っていましたが、日本でも現象化しました。
2025年7月の参議院選挙で参政党が議席を大きく伸ばし、「日本第一」や移民・多様性への強硬な姿勢が注目を集めました。生活不安や孤立、将来への見通しが立たない状況が続く中で、「守るべきもの」を強い言葉で示す政治が支持を集めやすくなる。その現実を、日本も突きつけられています。
こうした動きは、決して突発的なものではありません。
むしろ、長い時間をかけて積み重なってきた社会の変化の結果として捉える必要があります。
1970年代後半から80年代にかけて、イギリスのサッチャー政権を起点に、「新自由主義」と呼ばれる考え方が世界に広がりました。市場の力を重視し、国の役割を小さくし、民営化や規制緩和を進めることが「改革」とされてきました。
日本でもその影響は大きく、1980年代には中曽根政権が国鉄民営化を断行し、2000年代には小泉政権が郵政民営化を進めました。その過程で、「自己責任」という言葉が政治やメディアの中で繰り返し使われるようになり、雇用、医療、老後といった社会のリスクは、次第に個人が引き受けるものとされていきました。
支えが弱まり、不安が個人に押し付けられる社会では、「なぜ自分だけが苦しいのか」という問いが生まれます。その答えが十分に示されないまま時間が経つと、不満は制度ではなく、「外部」や「異質なもの」へと向かいやすくなります。参政党の躍進は、そうした不安の受け皿として、強い言葉が選ばれた結果の一つでもあると考えられます。
そして、こうした構造が形づくられてから、およそ半世紀が経ちました。
テクノロジーは大きく進化し、情報やサービスは便利になりました。しかし一方で、格差は広がり、不公平や不正義が社会の中に積み重なっています。
アメリカでは、生活が苦しいと感じる人が増えています。「給料日前に資金が尽きる」と答える人の割合は調査によって差がありますが、6割前後とする調査もあります。
そして富の集中はさらに極端です。イーロン・マスク氏が世界最大級の資産家であることは複数の報道で確認されており、象徴的な存在として語られています。こうした状況に対し、人々は声をあげています。
世界の各地で、「このままでいいのか」と問い直し、新しい選択を探す動きが始まっています。
ニューヨークから始まった変化

出典:アダム・グレイ/ブルームバーグ
2025年、世界中で注目された出来事の一つが、34歳の民主社会主義者、ゾーラン・マムダニ氏(※1)がニューヨーク市長に就任したことです。得票率は50%を超え、第111代市長となりました。
公然とムスリムであり、社会主義者である候補が、民主党・共和党の主流候補を破ったことは、アメリカ政治の大きな転換点として受け止められました。
2024年の大統領選でトランプ氏が勝利したとき、多くの専門家は、人々が「強いアメリカ」や「伝統的な家族観」、「昔ながらの価値観」への回帰を望んでいると分析しました。しかし、マムダニ氏の当選や他の地方選挙の結果は、必ずしもそうではないことを示しました。
マムダニ氏の選挙戦の特徴は、これまで政治に関心を持たなかった人たちを、投票所に呼び戻したことです。若者だけでなく、長く声を上げにくかった移民コミュニティにも働きかけ、多くの「投票しなかった人たち」が参加しました。
人種ではなく、「生活の立場」を軸に連帯をつくり、低所得で賃貸住宅に住む人や、公共交通を使って都市を支える人たちを、政治の中心に据えました。10万人規模のボランティアが自発的に関わったことも、大きな特徴でした。
彼は、勝利演説の冒頭で述べました。
「今夜私たちの街に夕日が沈んだかもしれないが ユージン・デブス氏がかつて言ったように 『人類にとってより良い日の夜明けが見える』 」。
(※1)ゾーラン・クワメ・マムダニ氏:
ウガンダ生まれ、ニューヨーク市育ち。労働者階級の生活を政治の中心に据え、議会の内外で実践的な改革に取り組んできた政治家である。これまで、低賃金で働くタクシー運転手と連帯し、ハンガーストライキを通じて4億5,000万ドルを超える債務救済を実現。公共交通分野では、地下鉄サービスの拡充や無料バスの試験運行に向け、1億ドル以上の州予算を確保した。また、地域住民と協力し、環境汚染につながる火力発電所の建設計画を阻止するなど、草の根の市民運動を政策につなげてきた。生活費の高騰が労働者の暮らしを圧迫する中、マムダニは「政府には家賃を引き下げ、人々の生活を実際に楽にする力がある」と明確に主張している。家賃負担の軽減、世界水準の公共交通の整備、子育てしやすい都市環境の実現を柱に、都市の構造そのものを変える政治を掲げている。出典:https://www.transition2025.com/
「制度」ではなく「生活」から考える政治

出典:India & Global LeftのYouTube
マサチューセッツ大学の リチャード・ウルフ 教授は、現在の政治経済状況について次のように語っています。
「人々はますます、政治経済システム――つまり私たちが日常的に『資本主義』と呼んでいるもの――が不十分であることに気づき始めています。特に40歳未満の若者たちにとって、それは機能不全に陥り、もはや正常に動いていないシステムとして映っています。」
ウルフ教授によれば、このシステムは、大多数の人々にとって将来の見通しを描きにくくし、所得や富、権力が一部に過度に集中する構造を生み出しています。努力しても報われにくい感覚が広がり、若い世代ほど「前に進むための仕組み」が見えなくなっている――それが現在の社会に広がる疎外感の正体だと指摘します。
ニューヨーク市長選で見られた若者の動きについて、ウルフ教授は次のように位置づけます。
「ニューヨークは、特に若者にとって、人生を形づくろうとする場所です。彼らが求めているのは特別な特権ではなく、生活を成り立たせ、前に進むための仕組みです。しかし、その仕組みが閉ざされつつあることを、彼らは日々の生活の中で感じています。」
だからこそ人々は、これまでの延長線上にある政治ではなく、別の選択肢を探し始めている。
ウルフ教授は、若者たちが距離を置こうとしているのは「年齢として古い政治」ではなく、「人々の現実に応答しなくなった政治」そのものだと述べています。
さらに彼は、社会を変える鍵は、抽象的な理論やスローガンではなく、生活の中で実感できる変化にあると強調します。低所得者でも文化に触れられる仕組みをつくること、地域の公共空間を市民の手に取り戻すこと。そうしたコミュニティに根ざした実践の積み重ねこそが、政治への信頼と新しい支持の土台になる――こうした考え方は、ウルフ教授が繰り返し強調してきた視点でもあります。
(※2)リチャード・D・ウルフ氏:
マサチューセッツ大学アマースト校の名誉教授で、現代資本主義を実証的に分析してきたアメリカを代表する経済学者である。専門はマルクス経済学と政治経済学。格差拡大や不安定雇用を個人の問題ではなく、経済システムの構造的欠陥として捉える点に特徴がある。社会主義を過去の失敗として切り捨てるのではなく、資本主義が内包する矛盾への現実的な対案として位置づけ、国家統制ではなく「職場の民主主義」や労働者協同組合など、生活に根ざした制度改革を提唱している。
アイルランドが示したもう一つの選択

ヨーロッパでも変化は起きています。
アイルランドでは、キャサリン・コノリー(※3)下院議員が、63.36%という高い支持を得て次期大統領に就任することが決まりました。
元臨床心理士で弁護士でもあるコノリー氏は、「すべての人のための代弁者になる」と語っています。
住宅問題や社会的に弱い立場にある人への支援、気候変動対策、そしてパレスチナへの連帯などを、はっきりと打ち出してきました。
アイルランドの大統領は、直接政策を決める権限は多くありません。それでも今回の選出は、「どんな価値を大切にする社会なのか」を示す、大きな意味を持つ出来事でした。
(※3)キャサリン・コノリー氏:
アイルランド・ゴールウェイ出身。14人きょうだいの家庭に育ち、地域社会に根ざした公共奉仕の道を歩んできた。リーズ大学で臨床心理学修士号を取得後、ゴールウェイ大学で法学を学び、法廷弁護士として活動。1999年にゴールウェイ市議に当選し、市長、副議長を歴任。2016年からは無所属の下院議員として、平等、説明責任、アイルランド語と文化の継承に尽力してきた。2025年大統領選に立候補し、排除されがちな人々の声をすくい上げ、平和と正義を軸にした包摂的な社会を目指している。出典:https://www.catherineconnollyforpresident.ie/about-catherine
民間・市民が制度の隙間を支える
日本はどうでしょうか?
日本では現在、高市政権が新自由主義色の強い維新と連携し、公助・福祉の色合いが強い公明党は政権から距離を置いています。経済効率や競争を重視する政策が目立つ一方で、生活をどう支え、誰もが文化的に豊かに暮らせる社会をどのようにつくるのかという議論は、十分に深まっているとは言えません。
自治体でもさまざまな取り組みは進められていますが、現場では、これまで公助が担ってきた役割の一部を、民間や市民レベルの活動が補い、支えている状況が広がっています。制度の隙間に取り残されがちな人々に寄り添い、実際の生活を支えているのは、こうした現場の取り組みです。
ホピアスが取材してきた人や団体も、まさにその役割を担ってきました。
福島から「恩送り」の仕組みを発信し、人と人とのつながりを地域に根づかせてきた認定NPO法人「チームふくしま」。
https://hopius.jp/article/2390
半世紀以上にわたり、高齢者の暮らしに寄り添い続けてきたヤクルトの「愛の訪問活動」。
https://hopius.jp/article/5647
子どもたちの放課後に安心と学びの場を取り戻そうと活動を続ける「放課後NPOアフタースクール」。https://hopius.jp/article/4571
医療と社会の間にある壁を越えようと、「世界一やさしいチョコレート andew(アンジュ)」を立ち上げた中村さん。https://hopius.jp/article/2267
北九州市を拠点に、生活困窮や孤立状態にある人々の再出発を支援してきた認定NPO法人「抱樸(ほうぼく)」。https://hopius.jp/article/3326
「ソーシャルキャリア」という新しい働き方を提示し、人材を社会課題の現場へとつないできた株式会社スターコネクトの水本さん。https://hopius.jp/article/3399
そして、長屋アパートの一角にある小さなコミュニティスペース「リトルツリー・辻堂ハウス」で、日常の中に豊かな体験を生み出してきた野村さん。https://hopius.jp/article/2825
これらの活動は、制度の代替ではありません。しかし、制度だけでは届かないところに手を伸ばし、社会を下支えしている存在です。
民間や市民の力とともに、政治や行政もまた、古い前提や仕組みから一歩踏み出し、誰もが安心して生きられる社会を支える役割を果たしていくことが期待されています。
ホピアスとして2025年を振り返る
ホピアスでも2025年は、そうした現場で奮闘する人々や活動を数多く取り上げてきました。
インタビューを重ねるたびに、社会を少しでも良くしようと行動する一人ひとりの熱意に、何度も心を動かされました。
同時に、「希望とは何か」「正義とは何か」という問いを、何度も自分自身に投げかけることになりました。
その問いに、いまも明確な答えは出ていません。
けれど、簡単に答えが出ない問いだからこそ、向き合い続ける価値があると感じています。
ホピアスを通じて、この問いを皆さんと共有し、ともに考え、体験し続けていきたい。
来年もぜひ、ホピアスとともに悩み、考え、問いを深めていく仲間でいていただければ幸いです。



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